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プロジェクトの概要

 

研究プロジェクト

諸科学の共通言語としての数学の発掘と数理科学への展開

実施期間 2009~2011年度(第3年次)
研究代表者 高橋 陽一郎  東京大学・京都大学名誉教授
研究目的要旨

我が国における数学と諸科学の連携はまだまだ底が浅い。本研究では、相互に最新の知見を交換し、討議する場を設定することにより、共通言語としての数学を発掘し、合意形成言語を形成して諸科学に貢献することを期するとともに、既存の数学の限界を見定める作業を通して、新しい数学的視点あるいは理論の必要性を探知して数理科学の新たな展開への端緒を拓くことを目指す。

研究目的 ① 背景:

数学の研究には2つの方向性がある。ひとつは、諸科学の発展から提起される課題を定式化し解決することによって諸科学に貢献するとともに、新たな数学を創出するという「豊かさ」を追究する方向である。もうひとつは、数学者集団内部における相互作用を通して美意識に基づき、数学を深化させるという「美しさ」を追究する方向である。歴史的には両者が混在した形で数学は発展してきたが、19世紀後半からは数学者と物理学者は明確に分化し始め、数学が無限を掌中に収めた1930年頃からは「美しさ」の追究が大きな潮流となった。

② 必要性:

とくに数学の伝統の浅い我が国では「美しさ」の追究が主流となり、「豊かさ」の追究は軽視されてきており、我が国における数学と諸科学の連携は底が浅い。むしろ伝統を継承する欧米において、近年、諸科学と連携した数学の重要性が再認知されてその発展のための施策がとられている。その動きの象徴と言えるOdom報告書でも数学の発展は特定の課題に関するロードマップに従ったプロジェクト方式は失敗するであろうことが指摘され、とくに、まだまだ底の浅い我が国では、数学と諸科学が連携するという土壌作りから始めることが必要である。

③ 方針:

本研究プロジェクトでは、数学と諸科学の研究者が集い、互いに最新の動向と新たな課題に関する知見を交換し、討議する場を設定する。これにより、科学の共通言語としての数学を発掘して、諸科学の発展に貢献することを期する。同時に並行して、既存の数学の理論や手法の限界を見定める作業を行い、新しい数学的視点あるいは理論の必要性を探知して今後の数理科学の新たな展開の端緒を拓くことを目指す。

とくに近年では1分子あるいは1粒子が実験的に観測可能となっているという事実に注目し、主として物理学、化学、生物学・生命科学などの諸科学の最新動向を踏まえて、これらの分野の研究者と、幾何学、解析学、確率論などの数学の分野の研究者との集う“知的サロン”において共通言語、合意言語の形成を目指すとともに、諸科学の抱える課題の解決の糸口を提供したい。

本研究プロジェクトは「豊かさ」の方向を追究するものであるが、「美しさ」の追究と必ずしも相容れないものではなく、20世紀最大の数学の応用としてガウス賞を受賞した伊藤清博士の確率微分方程式論は、ランダムな運動の本質を追究するという純粋数学的志向から生まれ、その本質を捉えたが故に、物理学、生物学、工学から経済学に渡る広範で大きな社会的な影響を持ったという成功例を念頭に置きつつ研究活動を展開したい。

キーワード 数学と諸科学のインターフェイス、共通言語としての数学、既存の数学の適用可能性
参加研究者リスト
(14名)
高橋 陽一郎 東京大学・京都大学名誉教授
岡本 和夫 大学評価・学位授与機構理事
金森 順次郎 山田科学振興財団理事長/大阪大学名誉教授
楠見 明弘 京都大学物質-細胞統合システム拠点教授
小松崎 民樹 北海道大学電子科学研究所教授
薩摩 順吉 青山学院大学理工学部教授/東京大学名誉教授
杉田  洋 大阪大学大学院理学研究科教授
砂田 利一 明治大学理工学部数学科教授/東北大学名誉教授
谷口 説男 九州大学大学院数理学研究院教授
津田 一郎 北海道大学電子科学研究所教授・同数学連携研究センターセンター長
永井 健治 北海道大学電子科学研究所教授
中村  周 東京大学大学院数理科学研究科教授
西浦 廉政 北海道大学電子科学研究所教授
室田 一雄 東京大学大学院情報理工学系研究科教授
2011年度
研究活動予定
① 研究会開催予定:
第1回: 2011年 7月 1日~ 7月 2日(於 高等研)
第2回: 2011年10月14日~10月15日(於 高等研)
第3回: 2012年 1月 5日~ 1月 7日(於 高等研)
② 話題提供予定者:5~7名  現時点では、国内のみを想定
研究活動実績 2009年度:

第1回研究会においては、本企画の提案者津田一郎が提案意図を説明するとともに、参加者全員が、それぞれの研究に関してその背景や視点を踏まえて説明し、あるいは、数学と諸科学の連携を目指す幾つかの動きに関する現状を紹介し、今後の研究活動の基盤となる相互理解のための契機を作った。

例えば、小松崎民樹は理論化学の立場から、狭義の化学にとらわれずに広範な対象に関する状態変化を「化学反応」として統一的に捉えるという視点を提唱した。室田一雄は最適化理論の立場から、とくに離散凸解析のものの見方とこの分野の発展状況を紹介した。砂田利一は微分幾何学の立場から、結晶構造に関する新たな数学的研究の展開と可能性にかける情熱を語ったが、時間的な制約があり、次の機会に詳細を聞くこととなった。高橋は確率論の立場から、大数の法則以上、中心極限定理未満、すなわち、巨視量は存在するがゆらぎの理論の適用できない数百から数千程度の粒子数をもつ系を解析するための数学の構築の必要性を訴えた。

また、西浦康正はJSTに初めて誕生した数学関係の領域を統括する立場から、その状況を説明し、また谷口説男は九州大学における企業と大学との研究連携の動きを紹介した。本研究会はこれらとは目標を異にするものであるが、これらの動向も踏まえつつ、今後の研究活動を展開する予定である。

研究会開催実績:
第1回 2009年6月12日~13日(於:高等研)

2010年度:

本年度は、昨年度醸成した相互理解の上に、参加メンバーはそれぞれの研究背景を踏まえた課題の整理を進めるとともに、メンバー外の研究者からの話題提供も依頼した。

第1回研究会において、高橋は、昭和19年の『科学朝日』の特集『戦争と数学』を踏まえつつ、「抽象された数学」と「抽象する数学」について論じ、また、谷口は文科省調査や九大での取り組みを踏まえて産業数学について語った。また、杉田は乱数と確率論をめぐる課題、津田は脳神経科学の周辺からの課題、室田は数理工学周辺からの課題について講演を行った。

第2回研究会において、津田は脳神経科学研究における数学的アプローチの発展を歴史的に展望し、数学的諸課題を提示した。また、池上高志氏(東大・総合文化)を招聘し、「Towards artificial consciousness」という題目のもとに10数年の研究成果に関して興味深い講演をしていただいた。

第3回研究会は、京都大学数理解析研究所111号講義室において、1コマ平均3時間のゆったりしたスケジュールで開催し、議論を深めた。砂田は「現代における結晶学の意味」と題して位相結晶学(topological crystallography)、とくにdiamond twinに関しての近年の諸成果を紹介し、薩摩は「連続から離散へ」と題して、超離散近似の考え方を連続近似と対比しつつ最新の研究動向を紹介した。なお、「超離散」は幾何学者たちが「トロピカル」と称されているものと本質的に同じである。また初参加となった楠見は「細胞膜の動的構造と機能」と題して1分子追跡と操作による新たな研究の展開を紹介し、谷口は確率解析の展開についてのサーベイを行った。また、今後の研究プロジェクトの実施方法や話題提供を依頼する分野について議論を行った。

第4回研究会においては、杉田の発案によるテーマ、コンピュータ・サイエンス分野、とくに計算論を主テーマとして取り上げ、渡辺浩(東工大・情報理工)、今井浩(東大・情報理工)、藤原彰夫(阪大・理)の三氏を招聘して、順に「計算とランダムネス」「確率化計算から量子計算へ ―量子力学数理の意図的操作」「量子統計学における情報幾何学的方法」と題して話題提供をお願いした。数学に隣接した分野であるが、理論科学として独自の分野を確立し,発展している状況を質疑応答・討論を含めて一コマ3時間のスケジュールでまとめてお聞きする機会を得てたいへん有益であった。とくに、確率論における意味とは異なった意味でキーワードの1つとして「ランダムネス」の概念が発展しつつあることは興味深い。

研究会開催実績:
第1回 2010年6月11日~12日 (於:高等研)
第2回 2010年10月20日~21日 (於:高等研)
第3回 2011年1月5日~8日 (於:京大数理研)
第4回 2011年2月22日~23日 (於:高等研)
話題提供者:4名
池上 高志 東京大学大学院総合文化研究科教授
今井  浩 東京大学大学院理学系研究科教授
藤原 彰夫 大阪大学大学院理学研究科数学専攻教授
渡辺  治 東京工業大学大学院情報理工学研究科教授
その他参加者:2名
寺本  央 北海道大学電子科学研究所助教
田所  智 北海道大学電子科学研究所計算論的生命科学分野研究員
研究成果報告書
の出版
2012年10月出版予定