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2013年度のプロジェクトの概要

 

研究プロジェクト

心の起源

研究代表者 松沢 哲郎  京都大学霊長類研究所教授
研究目的要旨  本研究の目的は、日本から発するオリジナルな「心の起源」の先端研究である。日本語の「心 kokoro」という概念は、欧米でいうmind、emotion、intelligence、heart、psychological、will、intention、consciousness等を、すべて含んでいる。本研究においては、「心」や「人」といった1文字に集約される日本人が無意識にもっている全体観、対象に対する全体的アプローチをたいせつにする。心を担う器官が脳だということは自明である。しかし、欧米が主導してこれまでおこなわれてきた要素還元的アプローチの対極として、新しい心と脳の研究につながる萌芽を育てる必要があるだろう。それが心の働きを社会や文化や生態環境や進化といった視野から捉える全体的アプローチである。さらに、現代社会が直面する課題としての発達障害のように、現実に立脚した課題を視野に入れた基礎科学研究を推進する必要がある。そうした研究萌芽の創出に応える「心の起源」の先端研究を推進することを目的とする。
研究目的  本研究の目的は、日本から発するオリジナルな「心の起源」の先端研究である。日本語の「心 kokoro」という概念は、欧米でいうmind、emotion、intelligence、heart、psychological、will、intention、consciousness等を、すべて含んでいる。本研究においては、このような欧米の要素還元的に細かく分析するアプローチではなく、より大きな枠組みの中で人間の心の働きおよびその基盤である脳の機能を研究しようとするものである。心を担う器官が脳だということは自明である。また脳を含む身体の物質的基盤がゲノムすなわち全遺伝情報にあることも論を待たない。心の働きを脳機能に還元し、脳機能を神経細胞活動と神経伝達物質に還元し、それをまた遺伝的基盤としてのゲノムに還元するのがひとつの理解の方法だ。すなわち欧米でさかんな要素還元的アプローチである。それに対して、より大きなシステムの中で心の働きを理解することも重要だろう。人と人のあいだに成り立つ心の働きや、社会のなかでの心の働き、さらに生態環境から来る心の働きの制約に目を向けることも重要だ。この全体的ないし反還元的なアプローチは、日本から世界に向けて発信してきた霊長類学という学問の成果でもある。「心も進化の産物である」という視点から、人間の心の進化的起源を問う研究だといえる。全体構想の特徴は、心のまるごと全体を対象とし、全体的アプローチを採ることである。そこで、心の科学的研究である認知科学のみならず、神経科学、発達心理学、実験社会科学、さらには霊長類学や認知ロボティクスといった日本が世界に先駆けて発信してきた研究分野を基盤に、総合的に心の働きに迫る。心、脳、ゲノム、社会といった4つのキイワードを掲げて、異なるレベルでの独創的な研究を同時並行的に推進しつつ、相互討論と共同研究を通じて、その相違や相克を止揚した新しい理解をめざす。
本研究の学術的背景を述べる。本研究を実施すべきとの着想に至った経緯として、わが国におけるこれまでの研究、他国でおこなわれている研究への反省がある。従来の心や脳の研究とくに欧米主導の研究に何が欠けているか。今後の研究に必須な日本独自の科学貢献は何かを考えた。その結果、脳を包みこむ身体全体、それを包み込む2人の間に成り立つ関係、さらにそれを包む社会や文化、その基盤である生態環境、そうした大きなシステムの中に心や脳の機能を位置付けて研究することがきわめて重要だという着想に到った。こうした全体的アプローチは、欧米にはない発想だ。しかし現在、欧米の脳研究者の中には、こうしたユニークな全体論の枠組みに多大な関心を寄せている人が少なくない。心の働きの包括的理解は、今後、学問として大きく発展していくことが予想される。
本研究の研究期間において何をどこまで明らかにしようとするのか、そのために採る方針について焦点を絞って説明する。具体的には、この問題を比較認知科学、神経科学、進化心理学、発達心理学、実験社会学、老年学、フィールド医学、認知ロボティクス、認知神経科学、比較ゲノム科学等の研究者や仏教哲学の専門家等が集まり、問題を深化・発展させる。そのなかで、オリジナリティの高い新たな学術の「芽」を生み出し、心の働きの包括的理解を目指した「心の起源」の先端研究を発展させる。具体的には、脳と心が不可分の一体だとして、その心が、①ひとつのまとまりとしてどう機能するか。②その脳と心の特徴として、より大きな系(人と人との間)の中で、どう機能するか。③さらにもっと大きな系、つまり社会や文化や生態環境のなかで、どう機能するか。④それがまた進化という歴史のなかでどう形作られてきたか、について明らかにする。
本研究の意義と期待される成果について、とくに「新しい学問の芽」という視点から述べる。ます、意義と期待される研究成果としては、こうした心の全体的アプローチから、現実の社会が直面している課題への対処、「心の健康」「健やかな心とは何か」という素朴で切実な問いに対する答えが見つかるだろう。生物学的に妥当な指針の提言である。基礎科学としての心や脳の科学研究も、その研究目的を対社会的に説明する責任がある。例えば子供の心の発達について、教育現場で七五三という表現がある。小学校で3割が落ちこぼれ、中学校で5割が落ちこぼれ、高校へ行くと7割が落ちこぼれるという意味だ。また「発達障害」という言葉で最近くくり出される問題も増大している。平成17年には発達障害者支援法も制定された。そこでは、自閉症アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害学習障害注意欠陥・多動性障害などの発達障害を持つ者の援助等について定められている。これらの障害に至るメカニズムがわかったとして、その先に、どう対処するのかという視点が用意されていなければならない。教育のあり方や社会制度の設計までも視野に入れる必要がある。すなわち、これが「日々の暮らしの中から発する基礎科学」という視点である。従来の脳科学の範疇を越えて、心の科学的研究は、人間の心のまるごと全体を理解するとともに、 現実の暮らしの中から発想するような基礎科学というものを目指す必要があるだろう。そのためにも、「アウトグループの発想」ないし「問題をより大きな文脈の中で捉える」という視点が有効だと考えている。その発想の要点は、研究対象の外に目を向けることだ。他者を理解することが自己の理解につながる。他の分野をよく知ることが自分の分野の理解を深める。自分の研究分野だけを深めていっても見えないものを、宗教までも含んだ交流の機会から得たい。
高等研カンファレンスの開催に関連する補足
 国際高等研究所は、当面は毎年1回、1テーマに関する国際シンポジウムを開催している。このテーマは、研究企画会議によって立案・選定され、分野を超えた視野に立って、広い領域から選ばれる。国際的にも一流の研究者に参加してもらうものだ。第1回のカンファレンスは、「意識は分子生物学でどこまで解明できるか:神経科学の最前線」について、平成23年12月に開催した。第2回のカンファレンスは、「心の進化的起源」について、平成24年12月に開催した。この二つのカンファレンスは、極めて密接に関連した問題を扱う。すなわち、前者は還元的なアプローチで意識の問題に迫ろうとするのに対して、後者は非還元的なアプローチで心や脳の問題に迫ろうとしている。初回のカンファレンスにおいては、後半、次第に問題を高次な脳機能に展開させていき、第2回の「心の進化的起源」へと繋げるようにすることを考えて実施された。やがて両方の研究者が一同に会して議論するような第3の国際カンファレンスが開催されることが期待される。

キーワード 心 進化 全体的アプローチ
Kokoro, evolution, holistic approach
参加研究者リスト
30名
松沢 哲郎 京都大学霊長類研究所教授
浅田  稔 大阪大学大学院工学研究科教授
足立 幾磨 京都大学霊長類研究所国際共同先端研究センター助教
伊佐  正 自然科学研究機構生理学研究所教授
石黒  浩 大阪大学基礎工学研究科教授
入来 篤史 理化学研究所脳科学総合研究センター
象徴概念発達研究チームシニアチームリーダー
内田 伸子 筑波大学監事/十文字学園女子大学特任教授
岡ノ谷 一夫 東京大学大学院総合文化研究科教授
亀田 達也 北海道大学社会科学実験研究センター教授・センター長
菊水 健史 麻布獣医大学獣医学科教授
北澤  茂 大阪大学大学院生命機能研究科教授
幸島 司郎 京都大学野生動物研究センター教授
坂上 雅道 玉川大学脳科学研究所教授
下條 信輔 カリフォルニア工科大学教授
積山  薫 熊本大学文学部教授
高橋 里英子 日本科学未来館サイエンスコミュニケーター
友永 雅己 京都大学霊長類研究所准教授
西田 眞也 NTTコミュニケーション科学基礎研究所主幹研究員
長谷川 寿一 東京大学大学院総合文化研究科教授・研究科長
服部 裕子 京都大学霊長類研究所研究員
平田  聡 京都大学霊長類研究所特定准教授
藤田 和生 京都大学文学研究科教授
松林 公蔵 京都大学東南アジア研究所教授
明和 政子 京都大学大学院教育学研究科准教授
山川 宗玄 正眼短期大学学長
山岸 俊男 東京大学進化認知科学研究センター特任教授
吉川 左紀子 京都大学こころの未来研究センター教授・センター長
吉田 正俊 自然科学研究機構生理学研究所助教
渡辺  茂 慶応義塾大学名誉教授
渡邊 正孝 東京都医学総合研究所特任研究員
研究活動実績 2011年度:
 2011年度(本年度)の実施状況や成果について記入する。当初の研究目的は、日本から発するオリジナルな「心の起源」にかんする先端研究である。日本語の「心 kokoro」という概念は、欧米でいうmind、emotion、intelligence、heart、psychological、will、intention、consciousness等を、すべて含んでいる。本研究においては、このような欧米の要素還元的に細かく分析するアプローチではなく、より大きな枠組みの中で人間の心の働きおよびその基盤である脳の機能を研究しようとするものである。「心も進化の産物である」という視点から、人間の心の進化的起源を問う研究だといえる。全体構想の特徴は、心のまるごと全体を対象とし、全体的アプローチを採ることである。研究期間において、この問題を認知科学や神経科学だけでなく、霊長類学や認知ロボティクスなど日本発のユニークな研究分野を交差させて、活発な討議をおこなった。もうひとつ特記すべきは、宗教の取り込みである。禅や浄土宗など異なる立場からの話をきき、そこに現代の終末期医療の実態もからませながら、生老病死のまるごと全体をとりだして議論の俎上に乗せようとした。「日々の暮らしの中から発する基礎科学」という視点である。従来の科学の範疇を越えて、人間の心のまるごと全体を理解するとともに、現実の暮らしの中から発想するような基礎科学というものを目指している。そうした問題意識を参加者のあいだで共有することができたのが2011年度の実績だといえるだろう。

2012年度:
 2012年度(本年度)の実施状況や成果について記入する。本年度の主要な目標は、この研究プログラムが中核を担って、国際高等研究所が主催する第2回国際高等研カンファレンスと国際レクチャーとを2012年12月に開催することである。そのために、4月と9月に、ともに外国人研究者を外部資金で招聘して、すべて英語で話題提供する研究会を組織した。要は、12月に開催する本番の国際集会に向けての練習の意味がある。会の運営、会場設営、宿泊施設の利用など、実際の現場経験を積むことで、ずいぶんと改善することができた。事務方の万全の支援体制もあって、国際カンファレンスと国際レクチャーはつつがなく終了できた。こうした国際集会の開催を通じて、本研究プロジェクトがめざす、日本から発するオリジナルな「心の起源」に関する先端研究が推進されたといえるだろう。日本語の「心 kokoro」という概念は、欧米でいうmind、emotion、intelligence、heart、psychological、will、intention、consciousness等を、すべて含んでいる。本研究は「心も進化の産物である」という視点から、人間の心の進化的起源を問う研究だといえる。全体構想の特徴は、心のまるごと全体を対象とし、全体的アプローチを採ることである。この問題を認知科学や神経科学だけでなく、霊長類学や認知ロボティクスなど日本発のユニークな研究分野を交差させて、活発な討議をおこなった。国際カンファレンスにおいては、研究プロジェクトの包含する宗教までは取り込めなかったが、開催初日の狂言「三番叟」のように、身体性を基盤にもった深い精神性のある芸術を体験できた。従来の科学の範疇を越えて、人間の心のまるごと全体を理解するという問題意識をもとに、参加者のあいだで活発な討論と意見交換のできたのが2012年度の実績といえるだろう。

2013年度:
 2013年度(本年度)の研究活動実績、研究会の実施状況や成果について記入する。本研究の目的は、日本から発するオリジナルな「心の起源」の先端的研究である。日本語の「心 kokoro」という概念は、欧米でいうmind、emotion、intelligence、heart、psychological、will、intention、consciousness等を、すべて含んでいる。本研究においては、「心」や「人」といった1文字に集約される日本人が無意識にもっている全体観、対象に対する全体的アプローチをたいせつにする。心を担う器官が脳だということは自明である。しかし、欧米が主導してこれまでおこなわれてきた要素還元的アプローチの対極として、新しい心と脳の研究につながる萌芽を育てる必要があるだろう。それが心の働きを社会や文化や生態環境や進化といった視野から捉える全体的アプローチである。さらに、現代社会が直面する課題としての発達障害のように、現実に立脚した課題を視野に入れた基礎科学研究を推進する必要がある。そうした研究萌芽の創出に応える「心の起源」の先端研究を推進することを目的とする。
 本年度の主要な目標は、この研究プログラム3年間の最終年度としてプロジェクトに一定の区切りをつけて、将来を展望することである。前年度(2012年度)に、国際高等研究所が主催する第2回国際高等研カンファレンスと国際レクチャーとを2012年12月に開催した。そこでは、霊長類学、認知科学だけでなく、神経科学とロボティクスを加えて、人間の心の起源の解明をめざした。そこで明確に意識されたことは、「比較認知科学」と称する学問分野の確立である。人間の心の進化的起源を解明する学問分野だ。そのために必要な2つのことが意識された。第1に、人間にもっとも近縁なチンパンジーやその他の霊長類だけでなく広範な種を研究対象にする必要があること。第2に、かれらが野生であることに鑑みフィールドワーク(野外研究)に確固とした基盤をもつことである。その2つの問題点を念頭において、2013年度の進捗状況および活動実績として、下記の3回の研究会を開催した。

研究会
第1回 2013年 4月 13 日 (於:高等研)
第2回 2013年7月6日~7日(於:京都大学霊長類研究所)
第3回 2014年3月6日~9日(於:高等研)
 研究成果として顕著なことは、「心の起源」の研究から、「ワイルドライフサイエンス」という新しい学術の芽が育ったことである。人間を含めた自然のまるごと全体を対象に、フィールドワークに基盤をもった学問である。そもそも、人間とは何か、どこから来たのか、どこへ行くのか、という一連の本質的な問いに対して、よりマクロな視点から、そして地面に足をつけた手法によって迫りたい。
研究活動総括  本研究の目的は、日本から発するオリジナルな「心の起源」の研究である。日本語の「心 kokoro」という概念は、欧米でいうmind、emotion、intelligence、heart、psychological、will、intention、consciousness等を、すべて含んでいる。本研究においては、このような欧米の要素還元的に細かく分析するアプローチではなく、より大きな枠組みの中で人間の心の働きおよびその基盤である脳の機能を研究しようとするものである。心を担う器官が脳だということは自明だ。また脳を含む身体の物質的基盤がゲノムすなわち全遺伝情報にあることも論を待たない。心の働きを脳機能に還元し、脳機能を神経細胞活動と神経伝達物質に還元し、それをまた遺伝的基盤としてのゲノムに還元するのがひとつの理解の方法だ。すなわち欧米でさかんな要素還元的アプローチである。
それに対して、より大きなシステムの中で心の働きを理解することも重要だろう。人と人のあいだに成り立つ心の働きや、社会のなかでの心の働き、さらに生態環境から来る心の働きの制約に目を向けることも重要だ。この全体的ないし反還元的なアプローチは、日本から世界に向けて発信してきた霊長類学という学問の成果でもある。「心も進化の産物である」という視点から、人間の心の進化的起源を問う研究だといえる。全体構想の特徴は、心のまるごと全体を対象とし、全体的アプローチを採ることである。そこで、心の科学的研究である認知科学のみならず、神経科学、発達心理学、実験社会科学、さらには霊長類学や認知ロボティクスといった日本が世界に先駆けて発信してきた研究分野を基盤に、総合的に心の働きに迫る。心、脳、ゲノム、社会といった4つのキイワードを掲げて、異なるレベルでの独創的な研究を同時並行的に推進しつつ、相互討論と共同研究を通じて、その相違や相克を止揚した新しい理解をめざした。
 本研究の学術的背景を述べる。本研究を実施すべきとの着想に至った経緯として、わが国におけるこれまでの研究、他国でおこなわれている研究への反省がある。従来の心や脳の研究とくに欧米主導の研究に何が欠けているか。今後の研究に必須な日本独自の科学貢献は何かを考えた。その結果、脳を包みこむ身体全体、それを包み込む2人の間に成り立つ関係、さらにそれを包む社会や文化、その基盤である生態環境、そうした大きなシステムの中に心や脳の機能を位置付けて研究することがきわめて重要だという着想に到った。こうした全体的アプローチは、欧米にはない発想だ。しかし現在、欧米の脳研究者の中には、こうしたユニークな全体論の枠組みに多大な関心を寄せている人が少なくない。心の働きの包括的理解は、今後、学問として大きく発展していくことが予想される。
本研究の3年間の研究期間において、オリジナリティの高い新たな学術の「芽」を生み出し、心の働きの包括的理解を目指した「心の起源」の先端研究を発展させるために、4つの視点を明確に意識した。具体的には、①脳と心はひとつのまとまりとしてどう機能するか。②脳と心の特徴として、より大きな系(人と人との間)の中でどう機能するか。③さらにもっと大きな系、つまり社会や文化や生態環境のなかで、脳と心はどう機能するか。④脳と心は進化という歴史のなかでどう形作られてきたか、という視点である。要約すると、「脳と心という二分論の克服」、「個人を超えた複数の人間のあいだに成り立つ心」、「社会や環境が育む心」、「心の進化」、である。過去3年間の活動を振り返る。
 2011年度は、『比較認知科学』という学問を標榜してきた代表者の立場から、とりわけ「心の進化」という視点に焦点を当てた。認知科学や神経科学だけでなく、霊長類学や認知ロボティクスなど日本発のユニークな研究分野を交差させて、活発な討議をおこなった。もうひとつ特記すべきは、宗教の取り込みである。禅や浄土宗など異なる立場からの話をきき、そこに現代の終末期医療の実態もからませながら、生老病死のまるごと全体をとりだして議論の俎上に乗せようとした。従来の科学の範疇を越えて、人間の心のまるごと全体を理解するとともに、現実の暮らしの中から発想するような基礎科学というものを目指した。そうした問題意識を参加者のあいだで共有することができたのが2011年度の実績だといえるだろう。
 2012年度は、この研究プログラムが中核を担って、国際高等研究所が主催する第2回国際高等研カンファレンスと国際レクチャーとを2012年12月に開催した。そのために、4月と9月に、ともに外国人研究者を外部資金で招聘して、すべて英語で話題提供する研究会を組織した。要は、12月に開催する本番の国際集会に向けての練習の意味があった。会の運営、会場設営、宿泊施設の利用など、実際の現場経験を積むことで、ずいぶんと改善することができた。国際高等研の事務方の万全の支援体制もあって、国際カンファレンスと国際レクチャーはつつがなく終了できた。こうした国際集会の開催を通じて、本研究プロジェクトがめざす、日本から発するオリジナルな「心の起源」に関する先端的研究が推進されたといえるだろう。この問題を認知科学や神経科学だけでなく、霊長類学や認知ロボティクスなど日本発のユニークな研究分野を交差させて、活発な討議をおこなった。国際カンファレンスにおいては、研究プロジェクトの包含する宗教までは取り込めなかったが、開催初日の狂言「三番叟」のように、身体性を基盤にもった深い精神性のある芸術を体験できた。従来の科学の範疇を越えて、人間の心のまるごと全体を理解するという問題意識をもとに、参加者のあいだで活発な討論と意見交換のできたのが2012年度の実績といえるだろう。
2013年度は、この研究プログラム3年間の最終年度としてプロジェクトに一定の区切りをつけた。前年度(2012年度)に、国際高等研究所が主催する第2回国際高等研カンファレンスと国際レクチャーとを2012年12月に開催した。そこでは、霊長類学、認知科学だけでなく、神経科学とロボティクスを加えて、人間の心の起源の解明をめざした。その会議で明確に意識されたことは、「比較認知科学」と称する学問分野の確立の必要性・必然性である。人間の心の進化的起源を解明する学問分野だ。さらに、そのために必要な2つのことが明確に意識された。第1に、人間にもっとも近縁なチンパンジーやその他の霊長類だけでなく広範な動物種を研究対象にする必要があること。第2に、かれらが本来は野生であることに鑑みフィールドワーク(野外研究)に確固とした学問基盤をもつことである。その2つの問題点を念頭において、3回の研究会を開催した。
高等研の基本理念や目的である、「研究萌芽の創出・新領域の開拓」、あるいは「新たな学術の芽を見つけ、学術の芽を育てること」について述べる。活動総括として、新しい学問領域の芽が生み出されたと思う。まず、心の起源を多面的に検討することで、心の進化を解明する比較認知科学という学問の有用性を明確に意識できた。さらに、その発展のためには、多様な動物種の比較と、フィールドワークの重要性が意識できた。そうした2つのベクトルの交じり合う場所として、新しい学術の芽が見つかったと思う。「ワイルドライフサイエンス」である。人間を含めた多様な生命の営みを現場(フィールド)で検証する学問である。しいて日本語に訳せば「自然学」というのがそれに近い。研究者の眼がよりミクロな世界の生命科学に向くという世界の潮流のなかで、よりマクロな世界に眼を向けて広い視野から人間の本性を考える学問が、これからの時代さらに必要になるだろう。「ワイルドライフサイエンス」という、心の起源の研究から生まれた新しい着想をこれから育んでいきたい。