

新しい年の初めにあたり、今年が皆さまにとって佳い年であるよう祈りつつ、年頭のご挨拶を申し上げます。昨年は巨大地震が起こり、それによる津波で多くの人の命が失われました。原子力発電所の事故によって、多くの人びとが生活の場所から突然の避難を強いられ、いつ元の生活に戻れるかわからない状態に置かれています。
財団法人国際高等研究所は、世界的に活躍する研究者たちが、科学、技術、学術、芸術の分野で基礎研究に取り組む研究所です。異分野の研究者たちの出会いと対話の中から、近未来の学術の芽を見つけ、それを育てることを基本として、研究活動を行います。
また、研究プロジェクトの議論の中から、とくに注目される先端を行く研究課題を選んで、その関連分野の第1級の研究者たちを招待し、国際カンファレンスとレクチャーを開催して、次世代の研究の進展に寄与することも重要な役割としています。昨年12月6日から9日まで、神経科学の最前線をテーマにこれらを開催しました。これには、ノーベル医学生理学賞受賞者のリンダ・バック博士ら最先端の研究者や若手研究者たち100名近くが集まりました。招待研究者20名ほどによる講演が4日間あり、活溌な議論が行われました。進行中の研究内容を講演してもらって、それに関して意見や質問が交わされるという充実した数日を過ごした研究者たちから好評をいただくことができました。
日本では研究機関での研究が国のトップダウンで進められ、巨額の研究費を投入して行われます。そのため、平成7年11月に公布、施行された科学技術基本法に基づいて、科学技術の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るための基本計画が、今後の10年を見通したうえで5年間の科学技術政策を具体化するものとして策定されます。
第4期科学技術基本計画は、平成23年8月19日に閣議決定されました。この基本計画は平成23年度からの5年間を対象としたもので、これに基づいて日本の「科学技術イノベーション政策」の振興が図られることになります。昨年は、3月11日に発生した東日本大震災を踏まえて内容の再検討を行って策定されました。
第4期の基本計画の「はじめに」では、21世紀の10年を経た今、「人類社会は環境、エネルギー、食料、感染症など、地球規模の様々な問題に直面している」としており、東日本大震災による自然災害に対する脅威と「原子力の安全性向上やエネルギー政策の在り方について世界的な再考」の中で、「人類社会は危機を克服し、次なる繁栄を導くための新たな秩序の形成に向けた挑戦を続けなければならない」としています。
また、施策の推進方策として、「科学技術イノベーション政策を国家戦略における重要政策と位置付け、科学技術イノベーション戦略本部のもと、関連する予算の確保及び資源配分に関する取組を強力に推進する」としています。そのためには、「研究資金の効果的、効率的な審査及び配分に向けた制度改革」というような施策が並べられています。
昨年末近く、国の科学技術政策の司令塔である組織の見直しを検討してきた古川科学技術政策担当相の有識者研究会が、検討結果による新体制の報告書をまとめて答申しました。答申された改革の柱は、現在ある総合科学技術会議を改組して、関連予算の総合調整機能や、各省庁などへの勧告権を持たせることを要点とする「科学技術イノベーション戦略本部」の設置というものです。そのほかに、首相らに科学的な助言をするための「科学技術イノベーション顧問」も設けるということが加えられています。政府は、この答申を基に関連法案を今年の通常国会に提出する方針と言われています。
いずれにしても、ますます国のトップダウンによる研究費の配分が、日本の研究機関に影響するという流れは強まるばかりという方向がこれらの状況から読み取れます。民間企業の研究機関などでは国からの助成金を得て経済活動の中での技術開発研究に力を入れるのは当然でしょうが、大学や国の研究機関も、ますます競争的資金に大きく頼る研究計画を重んじて、研究計画のみならず、人材養成の場である教育の方針も、国の施策に合致する方向が強化されていく傾向にあると思われます。
日本の今までの研究成果を見て、国の基本計画の効果があったのかどうかという視点で評価することも重要です。昨年の『サイエンス』では、科学の分野における2011年の10大成果を発表しました。この10件の中に、日本での成果が2件取り上げられました。1つは、小惑星「イトカワ」まで飛行し、世界で初めて小惑星の微粒子を地球に持ち帰ることに成功した「はやぶさ」の研究成果が2番目に入りました。また、植物が光で水を分解するタンパク質の構造を解明した、大阪市立大学と岡山大学のグループの研究成果が、「光合成の仕組みの解明と、新たなクリーンエネルギーの開発につながる」として、4番目に挙げられました。その10件の後に、3月の東日本大震災が番外として上げられており、これほど大きな地震を想定できなかったことや、福島第一原発の事故などを挙げてあります。それに関して特別の記載があり、「日本の科学者たちは、天災が起きる前も、起きた後も、人々が必要とする知見を提供できなかったと感じている。人々との間にある溝を埋めるにはどうすればよいのか必死に考えている」と記されています。
これらの国際的な視野による評価や、ノーベル賞などの受賞理由の業績から、国際的に高い評価を得ている日本の研究成果を見ると、必ずしも巨額の研究費を施策としての投入した分野の研究が高い評価に結びつくとは限らないということがわかります。新しい年にあたって、そろそろ前世紀までの、短期決戦による高度成長を求める習慣からの脱却が、日本の将来のために必要ではないかと思い、この視点からの議論も研究課題に取り上げなければならないと私は思っています。
このような状況の中で、昨年から、国際高等研究所では、従来の研究方法を大幅に変えました。研究企画会議を設置し、強力なリーダシップのもとに研究を推進することにし、研究推進会議を置いて、研究プロジェクトの推進をはかり、進展状況の評価を行います。このように研究事業を推進する新たな体制を構築し、そのリーダーシップの下に研究事業を展開することにしました。さらに、研究プロジェクトの中で学術の動向と展望、高等研の存在意義などを踏まえ、現在3つの研究プジェクトを主軸プロジェクトとして絞り込みながら研究を進めています。
政府の予測によると、すでに減少に向かっている日本の人口は、あと100年ほどで江戸時代の人口になる可能性があります。予想はできないですが、どこかに隠れているはずの将来の学術の芽を探し、それを育てるという、国際高等研究所の研究の意義が、日本の未来にとって今ますます重要になってきていると実感しながら、今年も研究活動をしっかりと進めてまいります。
高等研ニュースレター80号(2012年1月発行より)
