ヒトのもつ普遍的な社会性として、互酬性、向社会性、集団への帰属意識がある。ヒト以外の霊長類ではこれらの特徴は萌芽的にしか見られず、とくに集団への帰属意識はいったん集団を出ると消え
てしまう。なぜ、ヒトが見ず知らずの他人の苦境を自分の命まで犠牲にして救おうとするのか。この道徳という規範がヒトの社会に発達した理由について、ダーウィン以来多くの進化生物学者たちが頭を悩ませてきた。
私はそれが、霊長類の能力を用いながらヒトの祖先が捕食者の多い環境で脳の大きな子供を育てるために採用した、生活史戦略と共同保育にあると考えている。ヒトの生活史上の特徴を近縁
な類人猿と比較してみると、乳児期、少年期、成年期、老年期という共通性の上に、子ども期と青年期をもつことと、老年期が長いという違いがあることがわかる。なぜ、このような不思議な生活史の特徴が進化したのか。
そこには、安全な熱帯林から出て肉食獣の多い草原へと進出した時代にヒトの祖先が直面した課題と、直立二足歩行を完成させた後に脳を大きくした人類進化の歴史的制限要因が隠されている。老年期の延長は類人猿にはない子ども期と青年期を支えるために現れた特徴だと私は考えている。それには共同の子育てをする家族という社会単位の創造が不可欠だった。
家族はヒト以外の霊長類にはない共感を育て、その能力をもとに多様な協力関係を可能にした。それは強い帰属意識を育て、個人の集団遍歴を可能にし、重層構造を持つ共同体の存立基盤となった。ヒトの赤ちゃんの身体的特徴には共同保育の歴史が刻印されており、ヒトの食と性の特徴には家族を超えて共同体を発達させてきた歴史が隠されている。
一般の霊長類とは違って、食を公に広げ、性をプライベートな世界に封じ込めたからこそ、それが可能になったのである。それをヒトのユニークなコミュニケーションの方法から解き明かしてみたい。