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2012年度のプロジェクトの概要

 

研究プロジェクト

ゲノム工学とイメージングサイエンスに基づく生命システム研究の新展開

研究代表者 川上 浩一  国立遺伝学研究所教授
研究目的要旨

次世代シーケンサー等により、ヒトをはじめとした脊椎動物ゲノムに関する膨大な塩基配列データが蓄積されつつある。しかしながら、高等動物の全体像の理解やそこに到る戦略は不十分である。とりわけ脳神経系の機能の解析には様々な困難があり、期待されるように進んでいない状況にある。このような状況においては、行動と遺伝子とを連関させる新しい遺伝学の開拓が是非とも必要である。本研究では、モデル生物の一つであるゼブラフィッシュを用いて「行動突然変異体」を系統的に分離・収集し、それらをゲノム工学とイメージングサイエンスの手法を駆使して、ゲノム・遺伝子レベル、細胞レベル、器官レベル、個体レベルで解析した結果を糾合して、次世代の「行動遺伝学」「神経遺伝学」「神経系の進化学」などの新しい遺伝学の分野を創出することを目指すものである。

研究目的 ① 背景:

次世代シーケンサー等により、ヒトをはじめとした脊椎動物ゲノムに関する膨大な塩基配列データが蓄積されつつある。それらからは、核酸・蛋白質などの生体素子の情報や、それらの進化に関する多くの情報が抽出されて、近年の生命科学の飛躍的発展の基礎となっている。複雑な細胞間相互作用の結果生み出される高等生物の全体像の理解も、その発展の先に期待されるものであるが、そこに到る戦略はまだ十分に理解されていない。最も複雑な機能を持つともいえる脳神経系の機能の解析においては、近年のゲノム科学と遺伝子工学技術の発展による新しいアプローチが始まり、ニュ-ロン間の相互作用と神経回路形成の機構の一部が明らかにされ始めてはいるが、これまでに電気生理学や解剖学的手法で明らかにされた事実の範囲を越えては進展していない。

② 必要性:

本プロジェクトでは、次の飛躍を目指すアプローチの戦略を生み出すことを目指す。そのためには、遺伝子機能解析、脳神経回路やその活動を可視化する、などの手法を、「動物行動」と関連させて解析することができるモデル生物実験系を開発し、遺伝子から動物行動までの分子間、細胞間相互作用を連続的に理解する戦略を考える必要がある。そこでは、行動突然変異体を系統的に収集でき、遺伝子工学手法で生体のままで神経回路活動を可視化でき、行動に関 連する遺伝子の進化に関しても実験や考察が可能な実験系の工夫が必要である。これらの個々の実験システムにはそれなりの研究者が育っているが、それらを糾合して新しい研究分野を発展させることは、高等研プロジェクトのような機会を捉えて行うことが最も適切であると考える。
 本プロジェクトでは、これらの技術とアプローチを総合的に行うために最も適したモデル実験系として、小型熱帯魚ゼブラフィッシュを取上げる。ゼブラフィッシュは、1990年代半ばからモデル脊椎動物として世界中の研究者によりさかんに用いられてきた。その特長は、第一に小型で飼い易く多産で世代交代時間が短いこと、すなわち遺伝学的アプローチが可能で、第二に体外受精し胚発生が非常に早く胚が透明であること、すなわち発生・器官形成過程の様々な生命現象の観察・操作が容易であることがあげられる。また成体も半透明で、蛍光などによる脳神経細胞の可視化が生きたままの状態で行える。また本プロジェクトの代表者によって開発されたトランスポゾンを利用した遺伝子導入法により、特定の細胞(群)をGFP等の蛍光蛋白質を用いて可視化したり、行動時の遺伝子活動をモニターすることが可能となっている。これらの技術を持つ研究者が一堂に会して総合的アプローチを議論することが、次世代の「行動遺伝学」「神経遺伝学」「神経系の進化学」などの芽を育てていくために重要であると考える。

③ 方針:

ゼブラフィッシュ研究は、2000年代にはいり、本研究代表者である川上によるトランスポゾン転移技術の開発により、飛躍的に発展することとなる。この技術の開発によりトランスジェニックフィッシュの作製が容易になり、細胞の可視化等の研究が強力に推進され、形態形成・器官形成研究が大きく発展することとなった。最近、新型2光子顕微鏡、光シート顕微鏡等の開発とあいまって、細胞の可視化とそれに基づく研究は、ますます発展が期待される分野である。
 一方、細胞の可視化だけでなくその活動を計測するための技術開発も2000年代にはいって活発になってきた。その代表的なものは、本研究に参加する中井が2001年に開発に成功した細胞内カルシウム濃度を測定できるプローブGCaMPである。GCaMPを用いると特定の神経活動を容易に計測できる。中井の発明は、モデル動物を用いた神経機能研究に新しい分野を切り拓くこととなった。
 本プロジェクトでは、まずこれらの基礎技術を、正常行動パターンや行動突然変異体の解析に適するようにさせるために必要な強力研究の方法を討論する。まずゼブラフィッシュの中枢神経系全体を対象にし、1個1個の神経細胞の活動を検出し、記述するためのシステムの構築・開発について研究(議論)する。第二に、そのようにして検出された神経活動を実際の行動と対応づけるための方法・ツール等、何が必要か?について研究(議論)する。第三に、そのようにして得られた結果から、動物がもつ基本的な行動を規定する基本的な神経回路はどのようなものか、それらを基にしてどのようにして複雑な神経ネットワークが構築されているのか、を明らかにするための方策を研究(議論)する。
 本プロジェクトの目的を達成するため、さまざまな視点からゼブラフィッシュ研究を行っている研究者に参加してもらう。研究代表者の川上は、脊椎動物におけるトランスポゾン転移システムを世界に先駆けて開発してきた。さらに、モデル脊椎動物ゼブラフィッシュにおけるトランスポゾン転移システムを用いた遺伝学的方法論を独自に開発してきた。これらにより、ゼブラフィッシュのさまざまな発生段階において、さまざまな細胞、組織、器官を特異的にラベルし、また活性を調節することが可能になってきた。最近では中枢神経系の神経活動のイメージングを成功している。日比は、ゼブラフィッシュ変異体を用いた形態形成研究に優れた業績をあげ、最近では小脳の研究を展開している。平田は、ゼブラフィッシュ変異体と電気生理学的解析を結びつけ、神経発生、神経機能研究を行っている。瀬原は、発生過程における細胞の動態、細胞間相互作用に関する研究を行なっている。近藤は、ゼブラフィッシュの色素パターン形成にチューリングパターンの概念を導入し、これに関する理論的、実験的研究を行なっている。また、ゼブラフィッシュを用いた研究をより有意義に発展させるためには、他のモデル動物からのインプットが不可欠である。岩里は、マウス変異体、コンディショナルノックアウトの遺伝学的手法等を駆使して遺伝子と行動を結びつける研究を成功させてきた。瀬原は、ゼブラフィッシュ研究に加えてマウス研究にも造詣が深い。さらに瀬原からはヒト疾患に関連した分野のインプットも期待できる。両者の研究分野からのインプットにより、ゼブラフィッシュのモデル生物としての意義付けを深めることが可能である。一方、前述にように中井は、カルシウムインディケーター蛋白質GCaMPを独自に開発し、神経活動をはじめとした細胞活動をリアルタイムで観察することを可能にした。また国際高等研究所の堀田にも(アドバイザーとして)参加を要請し、行動突然変異体による行動遺伝学アプローチに上述の新しい技術的発展をいかに応用していくかについて考えてもらう。これらのメンバーが有機的に結びつくことにより、遺伝学研究、ゲノム科学研究、神経科学研究、発生生物学研究、動物行動学、理論生物学、イメージング研究など多方面の研究を統合して、新展開をはかり、本プロジェクトを推進する。

キーワード モデル動物、ゼブラフィッシュ、ゲノム科学、イメージング科学、生命システム
参加研究者リスト
8名
川上 浩一 国立遺伝学研究所教授
(ゼブラフィッシュの遺伝学、トランスポゾンを用いたゲノム工学)
日比 正彦 名古屋大学生物機能開発利用研究センター教授
(ゼブラフィッシュを用いた器官形成、小脳研究)
平田 普三 国立遺伝学研究所・新分野創造センター准教授
(ゼブラフィッシュを用いた神経回路形成研究)
中井 淳一 埼玉大学脳科学融合研究センター・脳機能解析部門教授
(新しいカルシウムプローブの開発、カルシウムイメージング)
岩里 琢治 国立遺伝学研究所教授
(マウス遺伝学による脳機能研究)
瀬原 淳子 京都大学再生医科学研究所教授
(マウス、ゼブラフィッシュを用いた器官形成)
近藤 滋 大阪大学大学院生命機能研究科教授
(パターン形成機構の理論的・実験的研究)
堀田 凱樹 東京大学名誉教授(アドバイザー)
2012年度
研究活動予定
① 研究会開催予定:
1泊2日の研究会を年に2回開催予定。
② 話題提供予定者:5名(2012年度)
 上記のプロジェクトを通じて常に参加する者8名が参加する。このうち3名が講演する。これに加えて話題提供者として国内から4名、海外から1名の研究者を招聘したい。中心となる参加者、話題提供者は1名の若手研究者を随伴する。したがって国内からの参加者は約20名となる。