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2012年度のプロジェクトの概要

 

研究プロジェクト

『ケア』からみた社会保障の新たな展望

研究代表者 西村 健一郎  同志社大学大学院司法研究科教授
研究目的要旨

幸福や安全・安心をめぐる議論で近時頻繁に用いられている「ケア」という概念を、人間の社会的生存に不可欠な相互関係概念として学際的に解明し、社会構造の変容に対応したケア・ネットワークの再編という観点から、社会保障の新たな在り方を研究するための総合的視点と基礎的理論枠組を構想することを目的とする。ケアの実践と理論に関しては、倫理学、社会学、医療看護学、社会福祉学などの諸分野において、多彩な研究が展開され、介護・医療・看護・介助・保育などの社会保障の個別分野でもケア・サービスの提供体制について各種の新たな制度的対応が提言ないし実施されており、これらの多岐にわたる分野の知見や動向には、社会保障システム全体の新たな展望を切り拓く貴重な萌芽がみられる。本研究では、これらの各分野で従来別々に論じられてきたケアに関する最新の知見と動向を相互に関連づけてすり合わせ、ケア概念を、介護・医療・看護・介助・保育などの社会保障的対応に共通する上位概念と位置づけ、とくにその可視化の社会構造的背景と制度的対応の在り方に焦点を合わせて、その特質・意義などを学際的に解明し、社会保障の在り方の研究および改革論議に新たな展望を切り拓くことをめざしている。

研究目的 ① 背景:

ケアの問題は、従来、基本的には親密圏の問題として家族や共同体内部で対応されてきたが、少子高齢化、家族構成の変化、女性の社会進出、医療介護空間の変貌、雇用の流動化などの社会構造の変容に伴って、次第に社会問題化し、公共的な政策課題としての対応の必要性と重要性が急速に高まっている。医療看護学、介護学,社会福祉学等の分野だけでなく、倫理学・社会学・心理学等の分野でもケアの概念が注目され、ケアの理論と実践に関して多彩な研究が展開されているが、それらの研究成果は、ケア問題への対応において重要な位置を占めている社会保障システムの在り方をめぐる政策論的・制度論的考察にはまだほとんど活かされていない。他方、社会保障システムの在り方をめぐる政策論的・制度論的議論では、所得の再分配による個人の福利の増進機能に焦点を合わせ、その規模や財源などに関する公私の役割分担や世代間の負担の公平の確保などの問題に関心が集中し、人的サービス提供が中心となるケア・ネットワークの再編やそれに対する社会保障的支援が社会的連帯や個人の生き方に対してもつ社会的・倫理的意義に対する考察は背後に追いやられてしまっている観がある。このような従来のケア論の限界及び社会保障政策・制度論議の偏りを学際的共同研究によって是正することが、次世代にも承継可能な公私ケア・ネットワークの再編成と社会保障システムの再構築にとって焦眉の課題となっている。

② 必要性:

①で述べたように、ケア論の多彩な展開にもかかわらず、ケアの概念のあいまいさや各論者の問題関心のバラツキなどのために、ケアという社会的相互関係概念が社会保障の在り方の政策論的・制度論的考察に対してもつインプリケーションが必ずしも明確でない。このような状況を、具体的な政策・制度に則して、関連分野の研究者の学際的共同研究によって打開する必要がある。また、社会保障システムの在り方をめぐる政策論的・制度論的議論が、所得の再分配という経済的・財政的側面に焦点をあわせている結果として、公私のケア・ネットワークの再編成のもつ政治社会学的・倫理的意義にまで遡った議論が背後に退き、そのため、公私の役割分担や世代間の負担の問題をめぐる議論を膠着状態に陥らせている観がある。本プロジェクトのような観点からの学際的共同研究によって、「ケア」の概念に焦点を合わせて社会保障の在り方について新たな展望を提示することは、社会保障の在り方をめぐる昨今の政策論的・制度論的議論の偏りを是正し、社会保障システムの研究と改革論議の展開に適切な方向を示す意義がある。
  なお、研究プロジェクトの名称を、本年度から「ケアを基盤とする社会保障システムの新たな構築」から「『ケア』からみた社会保障の新たな展望」に変更したのは、本研究の主たる目的が、社会保障システムの個別的な政策論・制度論自体に関する何らかの具体的構想を提示することではなく、幾つかの代表的な政策論的・制度論的論議の検討を素材として、政策論的・制度論的議論を適切に行うための共通の背景となる統合的視点と基礎的理論枠組を学際的にさぐることであるという趣旨をより明確にするためである。

③ 方針:

(1)以上で述べたようなケア論の議論状況に鑑み、ケア論自体については、適宜各分野の代表的な研究者をゲスト・スピーカーとして招いて意見交換をするが、主としてコア・メンバーが分担して研究動向を調査する方式をとることにして、研究会メンバーは社会保障の各分野の理論と実務に精通した研究者を中心に編成する。

(2)考察対象を拡散させないために、家族関係、医療介護空間、雇用労働環境におけるケア問題をめぐる理論と実践の動向とその問題状況に絞り、それぞれの分野の最近の政策論的・制度論的論議に造詣の深い研究者をコア・メンバーに加える。

(3)2013年度にこのプロジェクトを主体に開催を予定している高等研カンファレンスの具体的なテーマと内外の招聘者についても意見交換し、2011年度中に原案を確定する。

キーワード ケア、社会保障、家族、介護、雇用、ケア・ネットワーク
参加研究者リスト
18名
西村 健一郎 同志社大学大学院司法研究科教授
安里 和晃 京都大学大学院文学研究科特任准教授
荒山 裕行 名古屋大学大学院経済学研究科教授
池田 惠利子 公益社団法人あい権利擁護支援ネット代表理事/社会福祉士
埋橋 孝文 同志社大学社会学部教授
大塚  晃 上智大学総合人間科学部社会福祉学科教授
尾形  健 同志社大学法学部教授
落合 恵美子 京都大学大学院文学研究科教授
河  幹夫 神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部教授
齋藤 有紀子 北里大学医学部医学原論研究部門准教授
笹田 昌孝 滋賀県立成人病センター総長
佐藤 恵子 京都大学大学院医学研究科特定准教授
佐藤 彰一 國學院大学法科大学院教授・弁護士
相馬 直子 横浜国立大学大学院国際社会科学研究科准教授
武川 正吾 東京大学大学院人文社会系研究科教授
服部 高宏 京都大学大学院法学研究科教授
水島 郁子 大阪大学大学院高等司法研究科教授
村中 孝史 京都大学大学院法学研究科教授
2012年度
研究活動予定
① 研究会開催予定:
第1回: 2012年6月ないし7月   1泊2日(於 高等研)
第2回: 2012年9月ないし10月  1泊2日(於 高等研)
第3回 2013年2月  1泊2日 (於 高等研)
② 話題提供予定者:3名
・川本隆史(東京大学大学院教育研究科教授 倫理学)(ケアの社会倫理学の先駆的提唱者であり、ケアの概念に焦点を合わせた社会保障システムの再構築について問題提起的発言を続けており、彼の最近の問題関心を聴き、意見交換することが、本研究プロジェクトの方向を見定めるのに必要である)  
・菊池馨実(早稲田大学法学学術院教授 社会保障法)(権利論的アプローチによる社会保障法の理念と制度の代表的研究者であり、彼がケア論的アプローチによる社会保障構想に対してどのような評価をしているかを聴き、意見交換をすることが,本研究プロジェクトの方向を見定めるのに必要である)  
・他に、ケアワークの経済学的分析に詳しい家族経済学の研究者の招聘を予定している。
研究活動実績 2011年度:

第1回研究会においては、ケア論および社会保障におけるケア問題の最近の動向について,研究会メンバーが概観的な紹介を行い、研究会メンバーの問題関心の共有化をはかった。まず、服部高宏「ケア論の動向からみた社会保障問題」が、ケアの概念・性質をめぐる最近の議論状況をふまえて、ケア論が社会保障システムにどのような問題提起をしているかについて全般的な報告し、それをふまえて、参加者がそれぞれの問題関心を紹介しながら、意見交換を行った。その後、「社会保障の動向とケア問題」というテーマについて、西村健一郎が社会保障法制の従来の展開過程を回顧する観点から、埋橋孝文がわが国のセーフティネットの諸形態におけるケア問題の位置づけという観点から、武川正吾が介護システムにおけるケアのグローバル化という観点から、河幹夫が社会サービス給付の制度と実践をめぐる難問という観点から、それぞれの専門領域の知見をふまえて問題を提起し、質疑応答と意見交換を行った。
  第2回研究会から、社会保障の主要な問題領域における最近の動向に即してケア問題を順次検討することを開始し、第2回研究会では、家族関係と労働関係におけるケア問題を取り上げた。落合恵子「家族主義の多様性:アジアのケアレジームの国際比較」が、家族形態とケアレジームの相互関係と時代的変化という観点から、日本の社会保障における家族政策の在り方について問題提起をし、質疑応答と意見交換を行った。また、水島郁子「労働関係にみるケアと社会保障」が、労働関係におけるケア問題への関心の高まりに対してどのような制度的対応が行われてきているかを紹介しつつ、それらの問題点を指摘し、それをめぐって参加者が意見交換をした。
 第3回研究では、医療分野における最近のケア問題の動向を取り上げ、笹田昌孝が「変遷する医療とケアの将来」、佐藤恵子が「ガン進行期の患者のケアに必要なこと」、齋藤有紀子が「療養生活と倫理・人権:身体拘束・胃ろうをめぐる問題」について報告し、それぞれの報告について質疑応答・意見交換を行い、医療分野におけるケア・ネットワークの整備やケア実践の在り方などについての現代的課題をさぐった。

研究会開催実績:
第1回 2011年7月15日~16日 (於:高等研)
第2回 2011年10月1日 (於:高等研)
第3回 2012年2月24日~25日 (於:高等研)
その他の参加者:6名
天野 文雄 国際高等研究所副所長
上山  泰 筑波大学法科大学院教授
佐藤 彰一 法政大学法科大学院教授
竹中  勲 同志社大学大学院司法研究科教授
田中 成明 国際高等研究所副所長
名川  勝 筑波大学人間総合科学研究科講師