第23回 けいはんな「エジソンの会」
開催概要
AIの進化に伴う人文社会系の問題を考える ~知的財産権の観点から~
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開催日時 | 2018年7月23日(月)13:30~19:30 |
開催場所 | 公益財団法人 国際高等研究所 |
住所 | 〒619-0225 京都府木津川市木津川台9丁目3番地 |
概要 | コンピューティングパワーの劇的な拡大、センシング技術の向上、深層学習の進化など科学技術全体の指数関数的な進展により、人工知能は、我々の生活や社会に新たな付加価値や質の向上がもたらし、今後ますます大きな影響を与えるものと思われます。人工知能は、新たなイノベーションの創出と産業競争力強化の観点からも大きな期待が寄せられており、幅広い産業への普及と未来の産業構造に向けての新たな価値創出への取り組みが行われています。 第23回会合では、著作権法学会理事、日本工業所有権法学会常務理事、日本国際著作権法学会理事などの要職を務められ、内閣府「新たな情報財検討委員会」の委員でもある上野達弘先生に、AIの生み出す様々な知財制度上の課題や考え方について解説いただくとともに、AIによるコンテンツの創出はどこに帰属し、AIが発明/創作した成果物やサービスは特許として保護されていくのか、AIの進化に伴う知財への影響や考え方の変化、さらには今後の指針も含めた包括的な視点からお話をいただきます。 また、富士通で知的財産本部長を務められた後、日本知的財産協会理事長を歴任され、現在ソフトウェアプロダクトの普及・権利保護・情報化のための基盤整備の促進と、我が国の産業・経済・文化の発展に寄与されている亀井正博氏より、産業分野での知財問題の現状を踏まえ、企業や研究機関として現実の対策をどのように講じて対処していくべきか、具体的な事例を交えながら詳しくご説明いただきます。 国境を越えてデータが行き交うデジタルネットワーク時代を迎え、AIの創作物や、創作性の認めにくいデータベースなどの新たな情報財についての知財保護の必要性や在り方が、様々な研究活動や事業活動の成否を大きく分ける昨今において、分野を超えた研究者・技術者、企業の様々な立場の皆様にも大いに参考にしていただけるものと期待しています。 |
配布資料 |
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共催、後援、協力 | 【後 援】 国立研究開発法人理化学研究所 |
当日の様子
けいはんな「エジソンの会」第23回会合は、「AIの進化に伴う人文社会系の問題を考える ~知的財産権の観点から~」というテーマで開催致しました。
日本のAI技術は、欧米と比べると周回遅れであると言われています。縦割りの行政組織や関係する多くの規制、成功の成果よりも失敗のリスクとマイナス面にウエイトを置く社会など、AIの進展を阻害する要因が多く、トライ&エラーを繰り返し成長するお国柄ではないため、イノベーションの推進を図り、日本を如何に変革していけるのかが重要なテーマであると強く認識できました。
データの情報解析に関して、AIは機械学習を繰り返すことにより、精度や質の向上を図ることが可能となり、そのためにはより大量のデータが必要となります。本日の講演では、情報解析において利用するデータが著作権等の制約を受けず、また、ビジネス利用も含めて多様な目的でデータが容易に収集できる日本の知的財産制度について認識できたと同時に、他国よりも機械学習に有利な我が国の著作権法の下で、他の国に類を見ない高度な成果が生まれるとともに、他国の企業/機関が集積することで、日本が世界の情報解析の拠点として位置づけられ、産業の活性化に繋がっていくことに期待を持ちました。ご講演頂いた内容は下記の通りです。
「人工知能&機械学習と知的財産権~平成30年著作権法改正による機械学習パラダイスとしての日本~」
上野 達弘 早稲田大学法学学術院 教授
本日は、AI開発や機械学習に使うために生データやデータセットを学習用に使うことが可能か、学習済モデルを作った人がどういった法的保護が受けられるのか、AIが生み出したものに対して保護が可能か、無いとした場合には、どうすれば法的保護が受けられるのか、という三つの論点で、AIと知財の関わりについて述べる。
機械学習用に使うデータは、著作権法47条の7では、電子計算機による情報解析であれば、だれが行うかを問わず、また目的を問わないので、営利目的であっても利用が可能である。ネット上のデータを自由に集めてマーケティングに活用することが可能であり、AIや機械学習を促進するという観点においては、世界に自慢できる法であると考える。学習用データの情報解析から得たアイディア・スタイル・画風のような抽象的なものは問題なく利用可能で、表現については保護の対象となっているが、区別は曖昧である。断片でも表現が残っていると著作権侵害となりかねないので、完全に抽象化する必要があるだろう。
一方、海外の例を見ると2014年のイギリスの著作権法は、データの利用目的を限定しており、EU内の規程も利用する対象や目的を限定している。ドイツでは非営利目的でかつ学術的利用にのみ制限している。
情報解析が日本で行われる限り、日本の著作権法に則った行為が可能となり、データを機械学習に使うことにおいて、日本はパラダイスと言える。平成30年改正では、自社の利用のみに限らず、他社利用や複数の利用も可能となり、記録媒体への記録の縛りもなくなり、著作権法30条の4で技術開発試験の邪魔をしないように権利制限規定が外され、情報解析の結果提供も可能となるので、AI技術開発にとっては益々有用となるだろう。
次に、学習済みモデルの保護であるが、「創作的に表現」したものであれば保護の対象となる。 そもそもクリエイティブとは、その人なりの個性が表されていれば良いというものであり、学習済みモデルがこれに当たれば保護される。また、営業秘密として、不正競争防止法の条項で規定し、限定提供データをビッグデータに拡大した上で保護される改正が、平成30年度中に施行される予定である。ただ、学習済みモデルがプログラム等に当たるのか、営業秘密に当たるのか、限定提供データとしての保護はどの程度有効か、という部分については課題が残っている。
最後に、AIが生み出したものに対して、法的保護は受けられるのか。AIの進化に伴い、音楽、美術、小説など多くの分野に生成物が生み出されているが、作品を作ったのが人なのかAIなのかを特定するのは非常に難しく、AI生成物の著作権については、これまで多くの学識経験者によって議論されてきた。著作権法2条1項1号に「著作物は思想又は感情を創作的に表現したもの」と謳われており、創作性は個性の表れが必要で、思想・感情は人間が作り出すもので、コンピュータを道具として人間が創作した著作物は著作権があるが、コンピュータが自律的に生み出したものには権利がない。従って、AI生成物には著作権はないが、AI生成物とAIを道具として人間が創作した著作物とは区別が曖昧であり、創作的表現をどう評価するかが課題となる。
AI生成物に特許はあるか。特許法に定められている「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作で高度なものと謳っており、且つ人に起因すると規定されてはいるが、人間の如何なる行為が「技術的思想の創作」といえるのかが議論として残る。
自由な研究開発やビジネス展開を促進しながら、個人の権利を如何に保護し、一方でどのように規制を掛けていくか、保護と利用のバランスを如何に取るかがもっとも重要であり、今後も分野を超えた方々と多くの議論を通して、ベストは何かを追求していきたい。
「AI時代における産業分野の知的財産権 ~第4次産業革命に向けた知的財産制度への対応~」
亀井 正博 一般財団法人ソフトウェア情報センター(SOFTIC)専務理事
情報利活用の促進と保護に関する最近の法的問題として、標準必須特許の利用と保護、特許の複数当事者利用/越境利用と保護、著作物の利用と保護、情報財としてのデータの利用と保護を取り上げる。
現在、ビジネスを取り巻く環境下においては、膨大な必須特許が存在しており、様々なアライアンスが必要となってきた。それらの標準必須特許の利用と保護はIPR宣言書に基づく法的性質や特許の範囲、必須性や有効性を考慮しなければいけない。また、ロイヤルティ・スタッキング、パテント・プール、法外な特許料や差止請求などのホールドアップ問題、特許料を支払わないホールドアウト問題などの考慮も必要である。問題が発生した場合、法的にどのように対応していくかは、競争法での抑制や特許庁の施策が出されてはいるが、裁定制度を利用することを含めて、現実的には難しく、解が見当たらないのが実情である。
特許の複数当事者利用/越境利用と保護について、著作物であれば、収集したデータの集合物等は保護され相対的に権利が生じるが、著作物の該当性の曖昧さが残り、非常に悩ましい問題である。そこで、著作物としての享受をしない利用や他人の著作物の限定的な利用により回避する方法が取られている。
昨年4月の文化審議会著作権分科会の報告を受け、権利制限規定を公共政策的に柔軟に整理したが、現時点での評価としては、著作物から知識を引き出すための利用は著作権侵害には当たらない点、享受/非享受は行為者の主観で判断ができる点、また技術オリエンティッドな規程でなくなった点などが歓迎できる。ただ、目まぐるしく社会が変化する状況下では、常に新たな利用行為への対応が求められるであろう。
AIの生成物については、創作性があれば保護されるが、そもそも創作性とは何かの判断が非常に難しい問題である。人間の関与の割合は不明確であり、AIが自律的に生成すれば、創作性はないと考えられるため、保護の対象にする動きはない。通常データベースの利用は著作権の有無に関わらず、利用料が課金されるが、データの著作者概念や創作性の概念は意味をなさず、今後情報保護において重要な問題となるだろう。そこで著作物でないデータの保護については、営業秘密として管理する方法や契約による処理が重要となると考える。
経産省は、一昨年「データに関する取引の推進を目的とした契約ガイドライン」に、検討が望ましい契約書の記載事項を挙げたが、昨年、リアルタイムデータを意識し、データが広く利活用に供される観点で、 特定の事業者において過剰に囲い込まず、取引当事者で公平に利用権限を設定し、データ利活用におけるWin-Winの関係構築を目指すことが追加された。広く利活用されてこそ価値が最大限発揮され得る。利用権限は公平に定めていくことが必要である。
今年、さらにデータ編とAI編が示され、GAFAの影響によるプラットフォーム型の契約、およびAI技術を利用したソフトウェアの特性を踏まえた上で、開発・利用契約作成の際の考慮要素が加えられた。
そのような状況の中で、昨年Linux Foundationが出したCommunity Data License Agreementは、社会全般にインパクトを与え、OSS同様にデータのオープン化とコミュニティでのデータ利用を念頭におき、文字通り“Data means information (including copyrightable information, such as images or text)”と定義している。データや拡張データを第三者に提供する場合、Sharing契約とPermissive契約があり、データ自体は無保証で且つ誰も責任を取る必要がない。重大な義務違反時には権利取り消しを含め、ソフトウェアプログラムと同様の考え方である。
公正取引委員会では、価値のあるデータが第三者から不当に収集されたり、またはデータが不当に囲い込まれたりすることによって競争が妨げられるような事態は避けなければならないといった観点から、独占禁止法の適用の在り方や競争政策上の論点の整理について論議され、産業データの利活用については、市場支配力の形成とデータの不当な収集や他社への乗り換えが困難なケースなど、産業界としては今後の方向性について注意する必要がある。
最後に、情報財としてのデータの利用と保護のための制度は、貴重な資源としての情報という意味合いを十分に認識した上で、判断されるべきであるが、必ずしも強力な保護をすべきとはならない。不正競争防止法の改正で、限定提供データに新たに規制される行為を規定し、ネット等から収集するデータについては、権原外開示とした。データ利用の促進に期待されるが、一方でデータの保護と利用のバランスが如何に適正に保たれるかが課題となってくる。
情報財の取引は、今後も契約による処理が重要であり、契約慣行を確立していくことが望まれる。CDLAは、データを競争領域におくのではなく、共創・協調していくべきものという認識から出発しているので、今後、利用が増えるのではないかと考えられる。
流通する情報財全般についての法的保護のあり方に関し、骨太な議論が必要な時期に来ている。闇雲に保護を強化すればよいというものではなく、民のイノベーションこそが肝要であると考える。
[インタラクティブ・セッション]
創作と表現、著作権と個人情報保護の関係、金融工学での特許、寡占化とオープンソースの考え方、AI、アルゴリズムと特許権侵害、共同研究での著作権の及ぶ範囲、他機関の成果物の二次改編による二次的著作権の扱い、国際的ルールと国ごとのレギュレーションなど、非常に幅広く多岐にわたる意見交換がなされました。