第32回 けいはんな「エジソンの会」
開催概要
量子コンピューターがもたらす情報革命
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開催日時 | 2019年8月27日(火)14:00~18:30 |
開催場所 | 公益財団法人国際高等研究所 |
住所 | 〒619-0225 京都府木津川市木津川台9丁目3番地 |
概要 | 科学技術の進歩は、時間の経過とともにその速さを急激に増し続け、我々を取り巻く環境を劇的に変化させています。特に次世代のコンピューターパワーは、AI、IoT、ビッグデータ等ICTの推進に不可欠の存在となっており、これまでのアーキテクチャーとは大きく異なり、爆発的な処理能力が期待される量子コンピューティングに大きな注目が集まっています。 第32回会合では、日本で初めて物理と情報を融合した量子情報処理に取り組み、日本に定着させた井元信之氏に、量子コンピューティングの背景や最新の開発状況、世界情勢と今後の展望等について、分かり易くご説明頂きます。また、小野寺民也氏には、グローバル市場での企業戦略や最新の開発技術動向、導入事例を通した活用状況等について、ご説明頂きます。 大量の情報を瞬時に処理し、新たなビジネスを生み出すことが期待される量子コンピューティングの世界に触れて頂くことにより、新たなテクノロジーがどのように活かされ、社会や我々の生活が如何に革新していくのか、分野を超えた研究者・技術者、企業の様々な立場の皆様にも非常に興味深く、大いに参考にしていただけるものと期待しています。 |
配布資料 |
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共催、後援、協力 | 【後援】 国立研究開発法人理化学研究所 |
当日の様子
第32回会合は、「量子コンピューターがもたらす情報革命」ていうテーマで開催いたしました。
量子の技術は、現在不可能と思われる様々な問題を解決可能にする技術として注目を集めており、量子コンピューターに大きな期待が高まっています。利用分野は多岐にわたると思われますが、本格的に実用化が図られるには、まだ10年以上の年月が必要とのことです。
量子コンピューターのブームを決してブームで終わらせず、開発の速度を緩めないためには、投資意欲を掻き立て、開発にチャレンジする精神を喚起し続けなければなりません。そのためには、キラーアプリを生み出さすことが必須であり、多くのユーザーに利用可能なクラウド等の環境による実機での活用とノウハウの蓄積が必要です。
技術のブレイクスルーを引き出し、学際的なチーム間の緊密な連携を図りながら、古典コンピューターの「ムーアの法則」の限界を打破する新しいシステムとして、量子コンピューターの今後の展開に大いに期待したいと思います。
ご講演いただいた内容は下記の通りです。
「量子コンピューターがもたらす情報革命 ~量子情報処理~」
井元信之氏 大阪大学先導的学際研究機構量子情報・量子生命研究部門 特任教授・
名誉教授
東京大学 大学院理学研究科フォトンサイエンス機構 特任研究員

科学が著しく進歩を遂げ、「量子」と名の付くコンピューターが多く発表されているが、それぞれの方式も適用問題も異なるので、量子情報の最小単位である量子ビット(qubit)数だけを比較しても意味がなく、それらをどのように分類するか、またどういう問題に適応できるかが大変重要となる。
量子コンピューターの本命としては、低ノイズで大規模な量子ビット数で量子誤り訂正を使う汎用量子コンピューターを目指しているが、まだまだ研究途上にあり、ノイズが多く、結合が自由ではないため、完成には数十年は必要であろう。
現在、商用化されている量子コンピューターのNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer)では、超伝導素子が席巻しており、ノイズは現状に甘んじてはいるが、量子誤り訂正を使わず、量子ビット数は数十から構成することが可能となってきた。当面の間は、NISQで解ける有用な問題を探すことになるだろう。
また、量子アニーラは、イジングモデルに帰着可能な問題の近似解を求めるのに有用であり、NISQ同様、量子誤り訂正を使わず、組み合わせ最適化問題に威力を発揮するため、人工知能をはじめとした実社会での多様な分野に応用が可能となっている。
一方、古典コンピューターの能力を余すことなく引き出すための動きとしては、古典計算で量子計算をシミュレーションし、CMOSの段階から設計したコンピューターも開発されている。
量子コンピューターの目指す当面の目標は、素因数分解で、入力サイズnに対して計算ステップ数がnの多項式程度で増大するP型問題を計算することに置いているが、量子コンピューターが実用化されると、事実上計算が出来ないことを前提に安全性が担保され利用されているサイバーセキュリティとしての公開鍵暗号は成り立たなくなるだろう。最終目標としては、宇宙の年齢(~100億年)とプランク時間(10-44秒)の商、すなわち1080(10の80乗)ステップを超えるような、この世では解けない計算問題を解き、現在は実現が不可能と考えられている科学技術の諸問題を解き明かし、人類の未来に貢献していくことになるだろう。
「量子コンピューターの商用化動向」
小野寺民也氏 日本アイ・ビー・エム 東京基礎研究所副所長 技術理事

IBMにおける量子コンピューターのNISQの商用化への取り組みとして、ハード、ソフト、顧客とのネットワークの3点から紹介する。
ハード面においては、超伝導回路の量子ビットを使用し、外界温度の100万分の1以下に冷やす冷却塔を利用して、量子ビットの安定化を図っている。IBMのNISQが世界の先頭を走っているのも、超伝導回路とこのようなすぐれた冷却技術との組み合わせによるものである。
もう一つの優れた特徴は、マイクロ波のジェネレータにある。精密な波形を送り込んで操作するためには、エレクトロニクスが非常に重要となる。量子プログラムされたアプリケーションは、エレクトロニクスへの命令となり、このエレクトロニクスが指示通りの波形を送り込んで、帰ってくる波形を解釈して0,1を決める。また、クラウド環境でIBM Q システムを提供しており、現在アクセス数が14万人を超えている。IBM Qシステムを利用した全世界の論文作成者は150名以上に上っている。
量子コンピューターの性能を向上させるためには、質と量を加味したアプローチが必要であり、質を高めるためには、量子ビットの理想の状態を維持できる平均時間(コヒーレンス時間)を長くする、ゲートのエラーを減らす、リードアウトのエラーを減らす等が考えられるが、IBMは客観的なメトリックとして量子ボリュームを指標に取り入れ、それらにチャレンジしている。
IBMは、顧客とともに役立つアプリケーションを開発し、研究の加速化と教育の促進、量子人材の育成を目的にQネットワークを2017年に立ち上げた。現在、全世界から77組織の参画を得ており、日本では慶應義塾大学とのパートナーシップを図っている。有望な領域である量子化学分野での化学シミュレーション、金融分野の特定の最適化問題や機械学習等に活用されている。
量子コンピューターは物理学の一部として成長してきたが、この分野を大きく成長させ飛躍させるためには、物理学に加え、電気工学を筆頭にした幅広い研究者の参画が必要であり、IBMとしてもQネットワークを通じて量子コンピューターの発展に貢献していきたい。
[インタラクティブ・セッション]
量子ブームの現状、量子コンピューターのユーザーインターフェース、量子知識と量子コンピュ-ター、実用化のスピードを上げるキーファクター、最適化問題の限界、欧米・中国の開発動向、古典/量子コンピューターの製造コストや消費電力の比較、IBM Qクラウドの国別利用と日本の位置づけ、量子コンピューターに取り組むための新たな知見の必要性、量子コンピューターの解釈と多元的宇宙論など、様々な角度からの活発な意見交換が行われました。
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インタラクティブ・セッションの様子