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第8回 けいはんな「エジソンの会」

開催概要

AIの普及に伴う社会の課題

講師
  • 須藤 修
    東京大学大学院情報学環教授
  • 中村 桂子
    JT生命誌研究館長
開催日時 2017年3月28日(火) 13:30~19:30
開催場所 公益財団法人 国際高等研究所
住所 〒619-0225 京都府木津川市木津川台9丁目3番地
概要 AIはロボットやIoTなどとともに、科学技術全体の指数関数的な進化を牽引するといわれています。それらのもたらす大きな変化はシンギュラリティ論争に代表されるような人と機械の関係性の変革のみならず、仕事との向き合い方や職業の変化、新たなデジタルディバイドのリスク、プライバシーやヒューマニティに係るリスクなど、これまでにない社会的課題やリスクを生み出してしまうことが懸念されています。今後新たに噴出してくる課題にはどのようなものがあるのか、来るべきAIネットワーク時代に、それらの恩恵を最大限享受しながらも、安寧で安定した社会を築いていくためにはどうしたらよいのかについて、理解を深めるとともに、皆様と深く考究して行きたいと思います。
第8回会合では、AIネットワーク化をめぐる社会的・経済的・倫理的課題に対し、産学官民の英知を集めて検討してきた総務省AIネットワーク化検討会の座長を務められた須藤 修先生と、現在科学のありようへの疑問から生命の普遍性と多様性を総合的に捉え、関係と時間の中で解明する「生命誌」を提唱されておられる中村桂子先生にお話をいただき、さらに参加の皆様と深く対話をしていただきました。

配布資料
講師:須藤 修 資料「AIネットワークの社会的影響とリスク」
PDF [6 MB]

タイムテーブル

13:30~14:50
「AIネットワークの社会的影響とリスク」須藤 修 東京大学大学院情報学環教授
15:00~16:30
「生命誌から見たAI ー 情報を切り口に ー」中村 桂子 JT生命誌研究館長
16:30~17:50
インタラクティブセッション※各セッションの時間に質疑応答を含みます。
※インタラクティブ・セッションでは講師の対談に加えて、参加者からの質問やコメントも加えたインタラクティブな場とします。
18:00~19:30
懇親会

当日の様子

「AIネットワークの社会的影響とリスク」

須藤 修 東京大学大学院情報学環 教授

私が関わったマシンラーニング、人工知能のコアな機械学習のプロジェクトを簡単に紹介するとマシンラーニングを利用した予防医療の分野では、センサーネットワークを用いた糖尿病患者の状態把握で情報が人を健康にするという実際の成果を上げている。生活習慣病についてはアイフォンのセンサーを活用したタイムリーで的確な保険指導を実現している。また、鳥取県ではマシンラーニングを用いた経済波及効果予測を試行し、経済再生戦略の構築への寄与を図った。自然言語処理による多言語音声翻訳技術の精度向上にも取り組み、けいはんなの各機関を中心にコーパスとディープラーニングによる「VoiceTra」を稼働させた。現在羽田空港や関東圏の鉄道で利用され高い評価を得ている。
海外においても大規模なデータドリブンのイノベーションが進行しており、GEはインターネットとクラウドとAIを組み合わせて、自社のバリューチェーンを超えたほとんどの分野のデータを収集し、「Predicts」と呼ばれるマシンラーニングを使った大規模な分析を行っている。シーメンスも同様にセンサーデータを収集し、AIで分析して予測するプラットフォームを構築しており、大規模なデータ収集と予測の分野では日本の企業は大きく遅れを取っていると言わざるを得ない。
現状におけるAIは未だ人間の構築した枠内で判断させており、人間に逆らうことはないが、プログラムが勝手に自らプログラムを作り変えてくると、人の制御を超えるようになる可能性がある。今後、AIが進化していく状況の中で社会の変化によって人間はどうなっていくのか、人間の能力をどう引き出していくのか、AIが社会・経済にもたらす影響についてみんなでフレームワークを考え、海外の地勢図を把握しながら、産学官連携によるAIネットワーク化をリスクも考慮した上で進めていく必要がある。
現在においては、IoT、ナノテク、サイフサイエンス、AIが科学の進化に拍車をかけているが、社会的適用はどうあるべきか等研究の倫理が一層重要になってきている。各大学では教育の見直しに入っており、医療系では研究開発、実装の為のデータサイエンティスト養成が特に遅れており、医学のみならず、薬学、工学、情報科学等の分野も連動して教育改革に取り組んでいかなければならない時期に来ている。全米科学財団元長官のリタ・コールウェル氏が指摘したように、学問の垣根は見えなくなり、クロスオーバーしないと学問のフロンティアは生まれない。学校教育においても、基礎をしっかりと学ばせ、その上に基礎に閉じこもらないで領域をまたがらせることが重要である。
 今後、AIネットワーク化のガバナンスを構築していくに当たっては、関係するステークホルダを網羅し、かつ相互のコミュニケーションを良好に確保することで正しくコンセンサスを形成していくとともに、ベストプラクティスを共有していくことが肝要である。

「生命誌から見たAI - 情報を切り口に -」

中村桂子 JT生命誌研究館 館長

コンピュータの論理は機械論的世界観であり、生物学の論理とは大きく異なり、AIの「I」インテリジェンスの使われ方も人とコンピュータでは大きく異なるはずである。また、シンギュラリティ(AIが人間を超える存在になる)というのは、「人間とは何か」が分かっていないと超えられないはずであり、それを改めて考えていく必要がある。
情報は生命とともに誕生し、今日の人類まで繋がっている。情報の始まりはバクテリアのような原核細胞のゲノムで、その後内分泌(ホルモン/フェロモン)、エピゲノム(配列は変わらないが、働きが変わる環境との関わりの中で情報を動かしていく)、神経、文字・言語の駆使といった進化に繋がってきた。これまで我々は生命を分子からなる機械として捉えてきたが、人間は生きものであり自然の一部として捉えていかないといけない。
1970年代に江上(不二夫)先生が生物学と科学を統合し、生命科学が出来た。生命科学はアメリカのライフサイエンス(機械論的世界観の視点)とは異なり、生命論的世界観を持って、全ての生きものは多様だが共通性を持ち、祖先は一つであることを根本に据えている。生きものとしての視点から見ると、生命科学はDNAを基本に、生物学・遺伝学・生態学・脳科学・細胞学等を全て統合できる。
ヒトゲノムは解析され30億の塩基構造が読み解かれたが、それでもタンパク質遺伝子部分は全体の1.5%で、残りの部分はまだ機能が分かってない部分も多くある。ゲノムの密度は複雑な生物ほど小さくなっており、アメーバプロテウスAmoeba proteusなどは2900億ものゲノムがあり、研究すら出来ていない。
ゲノムで特に不思議な例として、一昨年タコについての論文が発表された。タコは、軟体動物でゲノムが27億、ゲノムの数ではヒトに近いが、タコ独自の遺伝子が多く見つかっている。脳の神経の多様性を作り出す遺伝子はヒトが58個に対し、タコは168個もある。体を作るHOX遺伝子はヒトでもハエでも体の前後に並んでいるが、タコはバラバラに存在し、どうやって体を作っているのかも分からない。生物学では分析・解析技術とコンピュータのお蔭で、10年前と比べれば、データは山のようにあるが、それらのビッグデータをどう読み解いていくか、多くのデータは手付かずであり、これからの研究が待たれるところである。
西洋におけるルネサンス(人間復興)は、教会の権威から解き放たれて、情報を共有し、宗教を相対化したことから起こったが、今第二のルネサンスにより、我々は科学技術万能から脱却し、科学技術を相対的にとらえ、生きものとしての人間を考える必要がある。
私はこのような考えから「生命誌」を立ち上げたが、生命誌から生まれる世界観でヒトとしての「私」、人間としての「私」が上手に重なり合う世界観を持ちながら、我々の存在を充分に理解した上で、インテリジェンスを働かせていかなければいけない。

[インタラクティブ・セッション]

ゲノムの階層性、医学分野の今後の展望、学問や研究者の在り方、教育の役割、人間とAIの役割、人間の再定義など、活発な意見交換が行われました。

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