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第52回 けいはんな「ゲーテの会」

開催概要

未来に向かう人類の英知を探る- 時代の裂け目の中で、人々は何に希望を見出してきたか -

52

思想・文学

和辻哲郎の倫理学―日本の「悲壮な運命」への応答

【講演者】
安部 浩京都大学大学院人間・環境学研究科教授
【講演者経歴】
1971年新潟生まれ。1993年京都大学文学部哲学科中退、1999年同大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了、京都大学博士(人間・環境学)。同大学同研究科助手、総合地球環境学研究所助手、京都大学大学院人間・環境学研究科助教授・准教授、アレクサンダー・フォン・フンボルト財団奨学研究員を経て、2016年より現職。2017年度フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト賞(ドイツ連邦共和国)受賞。専攻は、西洋哲学(存在論、論理学、環境思想)、日本哲学。著書に『「現」/そのロゴスとエートス―ハイデガーへの応答』(晃洋書房)、『ハイデガー読本』(共編著、法政大学出版局)、『続・ハイデガー読本』(同)、『京都学派の遺産―生と死と環境』(共著、晃洋書房)。

【講演要旨】
近代日本哲学の精華として、西田哲学と並び称される和辻倫理学。だが他方では、その空前絶後の大業がしばしば、明治憲法下の国体と命運を共にし、敗戦をもってその使命を終えた歴史的遺物として敬して遠ざけられていることもまた事実です。このように今や「死せる犬」と化した感がある和辻倫理学から、我々が現在もなお何かを学ぶことは、はたして可能なのでしょうか。私の答えは「然り」です。しかもそこには、今後我々自身が歩むべき道を示す道標までもが見出されうるように思われます。しかしその為には、目下その生命力が枯渇し、あたら犬死にしつつある和辻倫理学を今一度賦活する必要があります。そこで拙話では再生医療よろしく、それがまさに生まれ出でんとする生成の場面(「幹細胞」?)にまで和辻倫理学を遡源させることで、これを時代の最先端を行く「反グローバライゼイションの哲学」として復活せしめる蘇生術を試みてみたいと存じます。御目まだるきところは袖や袂で幾重にも御隠しあって、荒療治の成否を御見守り下さいますよう。
開催日時
2017年10月6日(金) 18:00~20:30
開催場所
公益財団法人 国際高等研究所
参加費
2,000円(交流・懇談会費用を含む)
定員
40名(申し込みが定員を超えた場合は抽選)
締切
2017年10月3日(火)必着

当日の様子


『和辻哲郎の倫理学―日本の「悲壮な運命」への応答』
これは、本日(10月6日)午後6時から高等研で開催の『第52回 満月の夜開くけいはんな哲学カフェ「ゲーテの会」』のテーマ。講師は、安部浩(京都大学人間・環境学研究科教授)

お話の骨子は、和辻哲郎の主著『倫理学』(1937‐49)と『日本倫理思想史』(1952)をたどりながら、そこで和辻が思索したものを『日本の「悲壮な運命」への応答』と捉え、それが、何であるのかを探ろうとするものでした。

満月ではあったが、お月様は雲隠れしたまま。雨の中、40名を超える多くの方々が参加。

ところで、ここに、「悲壮な運命」とは、近代にあっては、その根本理念(白人主義)ゆえに、非西欧的世界の発展は、常に西欧的世界の抑圧の対象とされてきた。非西欧的世界がその存在を全うするには、西欧的世界に対抗し、それを凌駕することによってしかなし得ないというもの。

その動きは、近くはJapan as Number Oneともてはやされた1980年代の日本の黄金期に、また、明治維新以降の日本の近代化過程、特に、日清日露の両戦役に、そして太平洋戦争の経緯にさえもその一端を垣間見ることができると言う。そして今、2010年代を迎え、眼前には、中国が西欧的世界と対抗している姿がある。そのエートスはいずれも儒教精神。

だが、この「悲壮な運命」は、新しい世界を開いていくためのスプリングボードとなる。差し当たりは、ヘーゲル流の弁証論、<正>、<反>、<合>の論理の下に、直接的生活共同態に反する利益社会(高度資本主義社会)を経て、その利益社会を包越した形で共同社会(自覚的な人格共同態)を構想することができる。日本は、世界史的にその先頭に立ちうる位置にあるとの解説。

質疑応答では、和辻の倫理学の根底にある仏教哲学、その普遍性と風土性、あるいは天皇制の理解のあり方にまで及び、会場には、やや知的興奮が漂っていました。(文責:国際高等研究所)

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