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第80回 けいはんな「ゲーテの会」

開催概要

「新しい文明」の萌芽を探る日本と世界の歴史の転換点で、転轍機を動かした「先覚者」の事跡をたどる

80

思想・文学

三島由紀夫、空っぽになってしまった日本を衝く

【講演者】
高橋 義人京都大学名誉教授、平安女学院大学特任教授
【講演者経歴】
1945年栃木県生まれ。国際ゲーテ協会元理事、国際異文化交流独文学会前副会長。主著に『悪魔の神話学』(岩波書店)、『形態と象徴』(岩波書店)、『ドイツ人のこころ』(岩波新書)、『魔女とヨーロッパ』(岩波書店)、『グノーシス 異端と近代』(共著、岩波書店)、『グリム童話の世界』(岩波新書)、『10代のための古典名句名言』(共著、岩波ジュニア文庫)、ゲーテ『色彩論 完訳版』(共訳、工作舎)などがある。
【講演要旨】
『豊饒の海』最終巻に、京都醍醐寺近くの国道沿いの自動車捨場の場面が出てくる。この場面は日本文化の死の象徴になっている。日本文化が死に絶えてゆくのをどうにかして救いたい。そのために三島由紀夫は多くを書き、多くを戦っ『豊饒の海』に日本文化が滅びゆく近代史が描かれているとすれば、『文化防衛論』には瀕死の日本文化を救おうとする三島の命がけの治療法が記されている。今日、日本人はフラグメントと化している。それは、今の日本人に時間的連続性と空間的連続性が断たれているからである。満開の桜の花を見て、紀貫之や西行の和歌を思い浮かべるとき、過去と現在は時間的に連続する。花見先で知人に出会い、今日はいい花見日和ですねと談笑すれば、空間的連続性が生まれ、人は幸せになる。花と同様、文化は人に時間的連続性と空間的連続性を与えてくれる。文化は贅沢品ではなく、人間の生活にとって本質的なものである。そうした文化の重要性が分からないばかりか、それを弾圧しようとする人たちが国の内外にいる。それに対しては戦わなければならない。その行為を三島は「刀」と呼び、「菊と刀」という文武両道に日本人の精神の基本構造を見いだした。さらには、和辻哲郎、津田左右吉に沿いつつ、彼独自の象徴天皇制論を展開した。三島の死後、日本は「菊と刀」の国から「菊と金」の国に向う道を加速させている。そんな病める日本への処方箋ははたしてあるのだろうか。三島由紀夫とみなさまと一緒に考えたい。


当研究所では新型コロナウィルス感染防止のため、感染予防対策を実施したうえで本イベントを開催いたします。
詳しくは下記をご覧ください。皆さまのご理解とご協力をお願いいたします。


≫「第80回ご案内」
≫「国際高等研究所交流事業新型コロナウイルス感染防止ガイドライン」
開催日時
2020年7月21日(火)
開催場所
公益財団法人国際高等研究所
住所
〒619-0225 京都府木津川市木津川台9丁目3番地
参加費
2,000円(お釣りの無いようご協力ください)
定員
25名(先着順)
締切
2020年7月20日(月)必着

当日の様子

2020年(令和2)年7月21日(火)18時から国際高等研究所において、第80回満月の夜開くけいはんな哲学カフェ「ゲーテの会」が開催されました。テーマは「三島由紀夫、空っぽになってしまった日本を衝く」。講師は高橋義人先生(平安女学院大学特任教授・京都大学名誉教授)。

この度の「ゲーテの会」は、コロナ禍対策の観点からソーシャルディスタンスをとるために参加者を大幅に削減しての開催となりましたが、今年が三島由紀夫没後50周年に当たることから、テーマに対する参加者の関心は非常に高く、熱心に講演に耳を傾けておられたのが印象的でした。

文化にとって、その時間的・空間的連続性は不可欠である。再帰性、全体性、そして主体性が問われなければならない。三島由紀夫は、日本において、それを体現し得るものは、唯一、文化概念としての天皇、美の総攬者としての天皇であると言う。だが、文化的概念としてはもとより、政治的概念としても今やその権威は失墜し、「週刊誌的天皇制」に堕してしまった。その天皇に、その希望を託すことはできない。フラグメント化した日本文化は死に喘いでいる。その再生は絶望的である、との思いを抱くにいたった。

そして、精神を失った「無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、ある経済大国」。三島由紀夫は、その日本を目の前にして、日本文化を構成するところの王朝文化と武士道文化、つまり文武両道、「菊と刀」、そこに日本再生の手掛かりを得ようとした。しかし、時代はますます悪くなるばかり。むしろ、「菊」を顧みず「刀」を忘れ、「金」をのみ追い求めて止まない日本。そうした状況の下で、自衛隊員を前にして、日本国民に日本再生への決起を促した。それを彼は死を賭して訴えた。

質疑応答では、文化の全体性に関して、倫理的に美を判断するのでなく、美的に倫理を判断することの意味、すなわち善悪を超えて多様性を容認することの意義、あるいは日本の現状を評して、上滑りの浅薄な希望を語ることの無意味さ空虚さ、絶望の淵に沈むことのなくして真の希望は湧いてこないなど、三島由紀夫の語らんとしたことに関連して、興味ある意見が交わされました。(文責:国際高等研究所) 

  • 講師:高橋義人先生
  • 講演の様子
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