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第58回 けいはんな「ゲーテの会」

開催概要

未来に向かう人類の英知を探る- 時代の裂け目の中で、人々は何に希望を見出してきたか -

58

政治・経済

「未完」の西郷隆盛 ‐日本人はなぜ、論じ続けるのか‐ 

【講演者】
先崎 彰容日本大学危機管理学部教授
【講演者経歴】
1975年東京都生まれ。私立立教高等学校卒業。東京大学文学部倫理学科卒業。東北大学大学院日本思想史博士課程単位取得終了(文学博士)。この間、文部科学省政府給費留学生としてフランス国社会科学高等研究院に留学(2006‐2007年、国際日本学専攻)。現在、日本大学危機管理学部教授。国際基督教大学アジア文化研究所研究員。NHK Eテレ『100分de名著』、『ニッポンのジレンマ』、『クローズアップ現代+』、BSフジ『プライムニュース』他出演。
著書に『ナショナリズムの復権』(ちくま新書2013年6月)、『違和感の正体』(新潮新書2016年5月)、全訳解説『文明論之概略』(角川ソフィア文庫2017年9月)、『未完の西郷隆盛‐日本人はなぜ論じ続けるのか‐』(新潮選書2017年12月)。
【講演要旨】
言うまでもなく、本年は「明治維新150年」である。ではなぜ、この時期に私たちは注目するのだろうか。それは現在の私たちが生きる時空間=近代日本150年の水源地だからである。なかでも、近代という漠然とした言葉に血肉を与えてくれるのが「西郷隆盛」である。西郷は、明治10年の西南戦争直後から、さまざまな思想家を喚起し、自分の考えを語る際の源泉となってきた。福澤諭吉など同時代人はもちろん、戦後の三島由紀夫なども西郷をダシに自分の思いを語った。西郷を知ることは、近代日本150年を知ることである―「未完」の西郷隆盛から、2018年をしりたいと思う。

【参考図書】
ご講演の内容の理解を促進するために次の図書が有益です。
先崎彰容著『未完の西郷隆盛‐日本人はなぜ論じ続けるのか‐』(新潮選書)
開催日時
2018年4月27日(金)18:00~20:30
開催場所
公益財団法人 国際高等研究所
住所
〒619-0225 京都府木津川市木津川台9丁目3番地
参加費
2,000円(交流・懇談会費用を含む)
定員
40名(申し込みが定員を超えた場合は抽選)
締切
2018年4月24日(火)必着

当日の様子

『「未完」の西郷隆盛―日本人はなぜ、論じ続けるのか』の演題の下に、2018年4月27日(金)午後6時から、高等研で、第58回「ゲーテの会」が開催されました。講師は先崎彰容先生(日本大学危機管理学部教授)。

福沢諭吉の『文明論乃概略』と『南洲翁遺訓』は、明治初年、維新によって開かれた日本社会の近代化の道筋に関わって主張された二つ道、その論述である。明治新政府の〝よすが〟となった『文明論之概略』、それに対し、反「近代」の思想をうたった『南洲翁遺訓』。しかし、その当事者、福沢と西郷は、互いを認め、互に尊敬の念を抱く関係にあった。

ところで、その西郷は、社会が困難を迎える度に脚光を浴び、繰り返し論じられ、評価を上げることとなる。戊辰戦争後の戊辰戦後民主主義、いわゆる自由民権運動、第一次世界大戦後の大正デモクラシー、第二次世界大戦後の戦後民主主義と、国民が政治的発言を求めて「民主主義」が論じられる時と重なる。そしてそれは、奇しくも日本人のアイデンティティが揺らいだときでもある。

また西郷は、明治以来、その「近代」に違和感を覚える人々によって、その思想を開陳する上でのダシとされ、幅広く論じられてきた。ルソーに傾倒した中江兆民、大アジア主義を標榜し右翼の頭目とされた頭山満、日本浪漫派に与した橋川文三、あるいは、保守派の論客、三島由紀夫、江藤淳などの西郷への共感、それに対して批判的立場に立った司馬遼太郎などが挙げられる。

そもそも、西郷は、未開の国に対して残忍な行為を働き、己を利する、いわゆる帝国主義はむしろ「野蛮」であるとし、西洋文明をもって直ちに「文明」とはみなさなかった。「文明」とは「道」の行われるものとした。その背骨には、大塩平八郎などに連なる儒教(陽明学)の精神があった。

質疑応答では、日本には自立した「市民」が存在していないのではとの論に対して、儒教の「天」の思想に依拠して「抵抗の精神」を秘めていた封建時代のメンタリティ、「武士道」に、「自立した精神」の一端を窺うことができるのではないかなど、内村鑑三の思想も引き合いに出しながら興味深い話題が続きました。(文責:国際高等研究所)

  • ヴァイオリン:西尾安梨沙(マイリズム音楽事務所)
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