本報告書は、2009～2011年度まで実施した高等研研究プロジェクト「受容から創造性へ―近現代日本文学におけるスタンダールの場合」の研究成果を取りまとめたものである。この研究プロジェクトの要旨は以下の通りである。

要　旨

本プロジェクトは、日本における西洋文学の受容を、「影響」という受動的観点からではなく、それらの作品が日本人作家たちの創作のうえにもたらした衝撃のありかたを問うかたちで問題化するものであった。マルク＝マチュー・ミュンシュの著作『生の作用、あるいは芸術としての文学』（オノレ・シャンピオン社、2004年）を理論的端緒としつつ、本研究は、日本の作家、翻訳者、編集者、そして批評家といった書き手たちのうえに西洋の文学が生みだした効果に検討を加えようとしてきた。

三年の活動期間のうちに計六回の研究会を開催し、初年度の二回は日本におけるスタンダール受容の特殊性について、いわば「日本のスタンダール」のすがたを探るかたちで研究が進められた。続く第三回目として大岡昇平に関する研究会を開催し、スタンダールを読んだことの衝撃が、どのようなかたちで大岡の創造行為のうえに認められるかを集中的に討議した。第四回目の研究会では、本プロジェクトの理論的基盤となった「生の作用」理論の再検討・精錬をおこないつつ、上田敏によるスタンダールの受容、内田魯庵によるドストエフスキー作品の受容の内実についての討議の場を設けた。第五回目の研究会はおもに翻訳者の観点から、第六回目は批評家、編集者の観点から研究発表・討議をなすものであった。

こうしたすべての研究の場に、プロジェクトの参加メンバーをはじめとして、日本文学・フランス文学・比較文学・文学理論・哲学などを専門とする研究者、ならびに、翻訳者・映像作家・編集者といった多様な立場の参加者が得られたことは幸いであった。また、会期中に研究発表と討論をくり返すなかで（付言しておけば、本プロジェクトではこうした討議、また会の運営にかかわるやりとりのすべてを日仏両言語でおこなってきた）、とりわけ、異国の文学作品を受容するさいに生じうる誤読や誤訳などが、ときに思いもよらない創造性の端緒となり、あるいは異文化間での理解や対話を試みるうえで本質的な要素ともなりうる、といった重要な帰結が引き出されている。

本報告書に収められた成果の支えとなったのは、文学作品というものを、書き手と読み手とを結びつけ、両者を出会わせる媒介項とみなすような観点である。こうした観点が本プロジェクトの枠を超えて、同様の問題意識を有した人文諸学の研究に何らかの寄与をもたらすことを願ってやまない。