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第60回 けいはんな「ゲーテの会」

開催概要

未来に向かう人類の英知を探る- 時代の裂け目の中で、人々は何に希望を見出してきたか -

60

科学・技術

日本近代化の立役者たちを輩出した適塾「緒方洪庵」の志

【講演者】
木下 タロウ大阪大学微生物病研究所籔本難病解明寄附研究部門教授
【講演者経歴】
東京大学農学部卒業(1974)、同大学院農学系研究科修士課程修了(1977)、大阪大学大学院医学研究科博士課程修了(1981)。医学博士。日本学術振興会奨励研究員(1981)、ニューヨーク大学博士研究員(1982)、大阪大学医学部細菌学助手(1982)、同講師(1988)を経て、大阪大学微生物病研究所教授(1990)。同研究所所長(2003)、同大学免疫学フロンティア研究センター副拠点長(2007)。2017年から現職。大阪科学賞(2001)、文部科学大臣表彰(2010)、IGO Award 2015、武田医学賞(2017)、日本免疫学会ヒト免疫研究賞(2017)受賞。生化学と免疫学の基礎研究のかたわら適塾の顕彰活動に携わってきた。
【講演要旨】
緒方洪庵(1810-1863)は幕末の大坂において蘭学塾である適塾を主宰した。20数年間に学んだ塾生は1,000人を数え、橋本左内、大村益次郎、福沢諭吉、長与専斎、佐野常民ら歴史に名を残す多くの人物を輩出した。洪庵は蘭学を通じてヨーロッパの最新医学を伝えるとともに、当時深刻な感染症であった天然痘の予防事業を関西一円で精力的に行って大きな成果を挙げた。これは幕府の認めるところとなり、奥医師そして西洋医学所頭取として召し出されたが、病を得て翌年に江戸で没した。適塾での教育は、洪庵が直接教えるというより、オランダ語の原書を辞書を頼りに読み込んだ塾生同士が、議論して学び取るという形であった。切磋琢磨して合理的な考え方を身につけた塾生の中から、医学を超えて日本の近代化に貢献した人たちが育ったと思われる。講演では、社会の胎動期に生きた洪庵の生涯から見えるものを考えてみたい。


【参考図書】ご講演の内容の理解を促進するために次の図書が有益です。
梅渓昇著『緒方洪庵と適塾』大阪大学出版会1996年
開催日時
2018年6月28日(木)18:00~20:30
開催場所
公益財団法人国際高等研究所
住所
〒619-0225 京都府木津川市木津川台9丁目3番地
参加費
2,000円(交流・懇談会費用を含む)
定員
40名(申し込みが定員を超えた場合は抽選)
締切
2018年6月25日(月)必着

当日の様子

平成30年6月28日(木)18時から高等研で第60回「ゲーテの会」が開催されました。テーマは、「日本近代化の立役者たちを輩出した適塾「緒方洪庵」の志」。講師は木下タロウ先生(大阪大学微生物病研究所教授)。

緒方洪庵の出自、生い立ちにも触れながら、その二つの大きな事績について紹介。一つは、安政のコレラ大流行の際に、その治療方針をいち早く提示。二つは、江戸時代の日本に蔓延していた天然痘の予防のための種痘システムの大々的普及。ともかく、緒方洪庵は眼前の事態に対応する行動の人であった。

また、適塾は、大阪大学の源流の一つであり、東京大学医学部の創設にも影響を及ぼし、更に北里柴三郎の医学研究の学統の一つでもある、その適塾の精神(緒方洪庵の志)について紹介。それは「科学的精神」、「医のこころ」、「適適のこころ」、この3つである。特に「医のこころ」は、 「医の世に生活するは人の為のみ、己がためにあらず・・・・」を旨とする、いわゆる博愛の精神であり、「適適のこころ」は、「自分の心に適った事を自らに適した道として追求すべき」とする精神であり、花鳥風月を愛でる生活態度とは軌を異にするものであった、などの説明。

加えて、適塾の学びの場としての特色として、オランダ語原書を会読し、それを通じて塾生相互の議論によって医学を超えて科学的精神を自ら学び取る教育が行われ、また切磋琢磨による厳しい修練の場が設えられていた。塾生はそうした学びの場の経験を積んで人間的にも成長していった。ここから、医学者ばかりでなく福沢諭吉、橋本左内、大村益次郎などの教育者、思想家、兵学者など多彩な人物が誕生した。

現代においても、適塾における学びの在り方を範として人間教育の在り方について検討する余地が多分にあるのではないかなど、質疑応答の中でも、学習教育の在り方について関心が寄せられていた。(文責:国際高等研究所)

  • フルート:柿本 夏奈、森脇 佑季(マイリズム音楽事務所)
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