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第73回 けいはんな「ゲーテの会」

開催概要

「新しい文明」の萌芽を探る日本と世界の歴史の転換点で、転轍機を動かした「先覚者」の事跡をたどる

73

科学・技術

産学連携の先駆け『理研産業団』を育成した理研理事長『大河内正敏』

【講演者】
齋藤 憲専修大学名誉教授
【講演者経歴】
早稲田大学商学部卒、同大学院商学研究科博士課程満期退学。横浜商科大学教授、関東学院大学経済学部教授、専修大学経営学部教授、同大学経営学研究科科長などを歴任。『新興コンツェルン理研の研究 大河内正敏と理研産業団』(1987年 時潮社 )で早稲田大学商学博士、日経経済図書文化賞受賞。その他著書に『稼ぐに追いつく貧乏なし 浅野総一郎と浅野財閥』(1998年 東洋経済新報社)など。
【講演要旨】
産学連携とは、新技術の研究開発や新事業の創出を目的として、教育機関や研究機関と民間企業が連携することなのは、現在よく知られている。しかし、そこに至るためには、多くの時間を必要とした。明治以降、外国から工業・技術を導入して産業を育成し、近代国家を目指した日本にあっては、自身の手で新技術を研究開発し、新事業を創出することなど思案の外にあった。研究開発するための教育・研究機関は不十分だったし、それを工業化する技術を持った民間企業もないに等しかった。そうした時代にあって、工学に物理実験を導入して工学教育を前進させ、「外国の模倣」を脱皮するため生まれた理化学研究所の所長に就任して同所を再建し、研究資金獲得と発明の工業化を実践するために理研コンツェルンを創った男がいた。彼の活動とその背景を概観し、合わせて産学連携を促進できる諸条件を皆さんと一緒に考えてみたい。
開催日時
2019年7月17日(水)
開催場所
公益財団法人 国際高等研究所
住所
〒619-0225 京都府木津川市木津川台9丁目3番地
参加費
2,000円(交流・懇談会費用を含む)
定員
40名(申し込みが定員を超えた場合は抽選)
締切
2019年7月16日(火)必着

当日の様子

2019年7月17日(水)18時から第73回満月の夜開くけいはんな哲学カフェ「ゲーテの会」が、国際高等研究所で開催されました。テーマは「産学連携の先駆け『理研産業団』を育成した理研所長『大河内正敏』」。講師は、齋藤憲先生(専修大学名誉教授)。

理化学研究所は、日本の産業構造が軽工業から重化学工業へと転換する時代的背景の下に、工業力の増強による国運の隆盛を企図して1917(大正6)年設立された。しかし、「研究」に対する国民的理解は熟しておらず、大宗をなす民間寄付は経済的影響もあり不十分であった。

理研はこの財政的苦境を脱出するため、自ら「理化学興業(株)」を立ち上げ、収益部門の経営に乗り出す。さらに、理研の「発明・発見」の工業化を図るための関連企業を次々と立ち上げ「理研産業団」を形成。それにより、特許権実施報酬、株式配当金収入等により研究費をはるかに凌駕する収入を確保することとなる。
だが、急迫する第二次世界大戦の下で、株価は暴落し、その理念は頓挫。しかし、それは、戦後の高度経済成長の産業モデルとなり、花を咲かせることとなる。

産学連携は、研究あるいは事業について、その各々が社会的意義を理解していなければ進展しない。大河内の時代はそうした相互理解は期待できる状況にはなく、研究と事業を自前で結合せざるを得なかった。起業にあっても同様であるが、宗教、あるいはプラグマティズム精神などの希薄な日本おいては、アメリカ流儀では成功は覚束ないのではないか。

大河内は、「造兵学」徒であるが、それに止まらず、その背景をなす産業構造の在り方に関心を寄せていた。「科学主義工業」「農村工業」を提唱するなど、先見性を持って「理研産業団」を統率していった。
他方、「研究」にも深い理解があり、「主任研究員制度」を導入し、科学者の自由な発想を尊重し、あるいは予算の枠にとらわれない活動を保障することを通じて、戦後の日本の科学界を牽引する多くの傑物を輩出した。その中には湯川、朝永などノーベル賞に輝いた人物もあった。
大河内の産業振興理念は、戦後日本の高度経済成長戦略の中に継承された。土光敏夫が、大河内の主張するところを追ったとの逸話は、つとに知られているところである。なお、質疑では、教育の在り方などに話が及び、また、日本の産業施策の展開において、大河内の遺産をいかに生かすかは、大に探求すべき課題であるなどの意見がありました。(文責:国際高等研究所)

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