• 高等研ライブラリー
  • 高等研報告書
  • アーカイブ
  • 寄付

第96回 けいはんな「ゲーテの会」

開催概要

「新しい文明」の萌芽を探る日本と世界の歴史の転換点で、転轍機を動かした「先覚者」の事跡をたどる

96

政治・経済

なぜ資本主義には倫理が必要なのか?―近代文明の再生に向けて

【講演者】
岩井 克人東京大学 名誉教授
【講演者経歴】
1947年生まれ。東京大学経済学部卒業、 マサチュセッツ工科大学経済学博士(Ph. D)。イェール大学助教授、プリンストン大学客員準教授、ペンシルバニア大学客員教授、東京大学経済学部教授、国際基督教大学特別招聘教授等を経て、現在、神奈川大学特別招聘教授、日本学士院会員、東京大学名誉教授。著書に、Disequilibrium Dynamics、『ヴェニスの商人の資本論』、『不均衡動学の理論』、『貨幣論』、『21世紀の資本主義論』、『会社はこれからどうなるのか』、『経済学の宇宙』、『資本主義の中で生きるということ』など。日経図書文化賞特賞、サントリー学芸賞、小林秀雄賞、MAフォーラム正賞、ベオグラード大学名誉博士、文化功労者、文化勲章などを授与される。
【講演要旨】
これまでの資本主義を支えてきたのは、アダム・スミスの「見えざる手」の思想です。自己利益の追求こそが社会全体の利益を増進するというその主張は、資本主義の中から倫理を追放する役割を果たしてきました。だが、まさにこの思想がアメリカでのトランプ政権を生み出し、資本主義、さらには近代文明を破壊し始めています。この講義では、「見えざる手」の思想の誤謬を明らかにし、資本主義には倫理が不可欠であることを示してみます。それによって、いま危機に瀕している近代文明の再生の道を探ってみようと思います。
開催日時
2025年5月13日(火)18:00~20:00
開催場所
公益財団法人国際高等研究所
住所
〒619-0225 京都府木津川市木津川台9丁目3番地
参加費
今回は無料
定員
オンライン 100名  会場参加40名(先着順・定員になり次第締め切り)
締切
2025年5月9日(金)必着

当日の様子

2025年5月13日(火)18時から国際高等研究所コミュニティボールで第96回満月の夜開くけいはんな哲学カフェ「ゲーテの会」が、「資本論」をテーマとする2025年度〈「新たな文明」の萌芽、探求を!〉プロジェクトの最初イベントとして開催されました。会場を埋める多くの方の視聴がありました。演題は「資本主義にはなぜ倫理が必要かー近代文明の再生に向けて」。講師は岩井克人先生(東京大学名誉教授)。

経済学の父と称されるアダム・スミス『国富論(1776年)』の「見えざる手」の思想の背後には、自立した個人同士の「契約自由の原則」がある。それは「私的財産権の原則」と並ぶ「近代経済社会」の基盤をなす二大原則である。極論すると、そこでは「自己利益」追求が至上で「他者利益」配慮の入り込む余地はない。「社会のためと称して商売する人間が社会のためとなったことなどない」の言葉がそれを端的に表している。資本主義社会には「倫理」は不要と言うわけである。この思想こそ、現在の危機の元凶である。

だが資本主義社会は「契約」だけで構成されているのではない。「信任」の世界がある。救急病棟の患者と医療従事者との関係を見れば端的に分かる。医療現場ばかりでない。弁護士と依頼人など争訴現場、教育と学生など教育現場など専門家と非専門家の関係に見られる非対称な関係にあっては、信頼をベースにした「信任」の世界が立ち上がっている。それは、一般社会に限らず資本主義の中核をなす「会社」(法人企業)の内部構造にも見られる。

「会社」は、太古からの「企業」と、教会に淵源を持つ「法人」との異質結合の産物である。「モノ」と「ヒト」との二面性を有する存在である。「ヒト」たる株主に所有されている「モノ」としての会社と、「モノ」たる施設設備を所有し人間を雇用している「ヒト」としての会社。だが、この「ヒト」としての会社は生身の人間(取締役などの役員)によって担われている。その「ヒト」たる会社と生身人間の間に「信任」の世界が生まれる。その維持は、この役員の会社に対する忠実義務によって全うされる。

その在り様は、浄瑠璃の人形と人形遣いとの関係に相似している。それは、西洋近代演劇のように人間がその役を演じるのでなく、これら古典芸能のように人間がその役を勤める(ヒトたる自己を滅してモノたる人形の役割を勤める)構造となっている。これは、株主利益第一主義の誤りを炙り出す。自己利益追求至上主義的資本主義の誤りをも炙り出す。資本主義の中核にカント的「倫理」が発見される。

ポスト産業社会(高度知識社会)の現代にあっては、産業社会における「分業化」に照応する「分知化」が進展し、専門家と非専門家の関係が一層深化する。「契約」関係と共に「信任」関係が社会の大宗となる。次代に向け「倫理」への要請がますます強まることとなろう。
質疑応答では、資本主義における「会社」経営にあって、理論的には、株主主権論は間違いである、また、利潤至上主義は必ずしも正しくない、本来的に非営利活動が許容されていると解するのが正答であるなどの解説もあり活発な意見が交わされました。参加者は、日頃の不透明な経済事象に関して一条の見通しが得られたとの思いを抱きながら会場を後にしました。
(文責:高等研事務局)

  • 岩井克人先生
  • 講演風景
  • 質疑応答の様子
最新に戻る