• 高等研ライブラリー
  • 高等研報告書
  • アーカイブ
  • 寄付

第88回 けいはんな「ゲーテの会」

開催概要

「新しい文明」の萌芽を探る日本と世界の歴史の転換点で、転轍機を動かした「先覚者」の事跡をたどる

88

思想・文学

「手塚治虫」と「メタモルフォーゼ」

【講演者】
村瀬 学同志社女子大学名誉教授
【講演者経歴】
1949年、京都府に生まれる。1972年、同志社大学文学部卒業。1995年、同志社女子大学生活科学部人間生活科助教授(児童文化)2000年、同志社女子大学生活科学部人間生活科教授。2020年、退職。同志社女子大学名誉教授。
主な著書に、『初期心的現象の世界』『理解のおくれの本質』『「いのち」論のはじまり』『「いのち」論のひろげ』『13歳論』『「食べる」思想』『10代の真ん中で』『自閉症』『宮崎駿の「深み」へ』『宮崎駿再考』『徹底検証 古事記』『古事記の根源へ』『鶴見俊輔』『『君たちはどう生きるか』に異論あり』『いじめの解決 教室に広場を』などがある。
【講演要旨】
もし仮に、手塚治虫の代表作を『鉄腕アトム』と『火の鳥』とすると、前者は「ロボット」マンガで、後者は変身(メタモルフォーゼ)のマンガとみなされ、そうなると「ロボット」は鋼鉄の機械で、「火の鳥」のようには「変身」できないもので、二つの代表作は、およそ正反対の主人公を描いていたかのようにみられてきたと思います。でも、手塚治虫全作品の原点とも言える初期の優れた作品『メトロポリス』では、「アトム」のように空を自在に飛べる「ミッチィ」が「人工細胞」から作られた「人工生命型ロボット」としてでてきます。ここに手塚治虫特有の「人工細胞」というイメージが出てきて、それがまるで「ips細胞」でつくる「変身(メタモルフォーゼ)するロボット」のような特殊なイメージとして発展させられてゆきます。後の『仮面ライダー』や『エヴァンゲリオン』にも通じる半生物ロボットで、ゲーテの『ファウスト』で言及される「ホムンクルス」にも通じるような「人工生命設定」です。この「変身(メタモルフォーゼ)するロボット」というイメージの現代的な広がり方について考えてゆけたらと思っています。
開催日時
2021年9月16日(木)18:00~20:00
開催場所

【重要なお知らせ】今回はオンライン開催のみとなります。

住所
今回はオンラインのみ
参加費
今回は無料
定員
50名(先着順・定員になり次第締め切り)
締切
2021年9月14日(火)必着

当日の様子

 2021年9月16日(木)18時から国際高等研究所主催の第88回満月の夜開くけいはんな哲学カフェ「ゲーテの会」がZOOMウエビナー機能を活用し、On-lineで開催されました。テーマは『「手塚治虫と「メタモルフォーゼー」ー『ファウスト』『メトロポリス』から「人工生命体」への地平へ』。講師は村瀬学先生(同志社女子大学名誉教授)。

 日本の漫画文化興隆の祖として不動の地位にあり、世界的にも比類のない漫画家手塚治虫。その手塚治虫とは何者であるのか。それを解く鍵は手塚治虫の生命觀にある。生命体に優劣はない、対等である。ただあるのは多様性である。生物は「劣」なるものから「優」なるものへと直線的に進化するのではない、多能性幹細胞に似てその「核」なるものが螺旋を描いて次々と多様に変身・変態(メタモルフォーゼ)を遂げて行っているに過ぎない。現在の姿はその道程にある一時の姿でしかない。水俣病患者の姿さえそうである。

 20年代前半の若き手塚治虫は、そうした生命観に立脚し1950年代には既にゲーテの『ファウスト』に着想を得てその漫画化を試み、また戦争経験を踏まえて漫画『ジャングル大帝』を、都市文明を見越して『メトロポリス』を、ジェンダーに着目して『リボンの騎士』を描き、先回りして現代社会の問題を照らし出していた。

 ところで、手塚治虫を生み出した精神的文化的背景には、東洋的アニミズム的世界がある。西洋的キリスト教的世界には現出しえない事象であった。だが、ゲーテの『ファウスト』で描かれるメフィストフェレスが誘う北欧(ケルト)の魔界「ワルプルギスの夜」に集う魔女たち、また人工生命体ホムンクルスが誘う南欧古代ギリシャの魔界「ワルプルギスの夜」に集うジャングルの野獣たちの世界。これらが、手塚治虫漫画の着想の源泉ともなり、その漫画が描く世界観にも通じていることは、東西文明の在り様を考える上で示唆的である。

 質疑応答では、物事の本質をより深く把握するには、世界の事象を「科学の言葉」で語るだけでなく、併せて「人文の言葉」で語ることが不可欠である。にも関わらず「人文の言葉」が衰微している。コロナウイルスの言説にも触れて、そのことへの危惧の念が語られるなど、興味深くも、心に残る意見交換であった。(文責:国際高等研究所)

最新に戻る